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フクシマ10年 『復興』はなされたか-インフラ整備は進むが共同体は解体のまま-

カテゴリー:3.11・災害・復興 地方自治 社会新報 脱原発 投稿日:2021-03-05

(社会新報2021年3月10日号1面より)

昨年9月、福島県が設置した「東日本大震災・原子力災害伝承館」が双葉町にオープンした。開館にあたって高村昇館長(長崎大教授)は、「未曽有の原子力災害に福島がどう立ち向かい、復興してきたのかを知ってもらいたい」とあいさつした。しかしこの10年、福島県は本当に「原子力災害に立ち向か」ってきたのか。福島は「復興してきた」のか。はなはだ疑問だと言わざるを得ない。

原発事故が始まった2011年3月11日に発せられた原子力緊急事態宣言は現在も発令中。つまり、今も「原子力災害の拡大の防止を図るための応急の対策を実施する必要」があるということだ。東京電力が太平洋に流そうとしている放射能汚染水の問題や、いつ終わるとも分からない廃炉の問題だけでなく、今も苦悩を抱える避難者の救済の問題も、解決にはほど遠い。

公共施設を次々建設

ところが伝承館館長の言う「復興」、つまりインフラ整備など「目に見える物」のそれは進む。福島県の北端の新地町から南端のいわき市に至るまで、太平洋沿岸の海岸線はほぼコンクリートで埋め尽くされつつある。「海が見えなくなったところに帰っても何の意味があるのか」という声は少なくない。万里の長城のような防潮堤が海岸線を真っ白に縁取って延びる姿は、環境破壊の象徴のようにも見える。
そればかりではない。伝承館のような公共施設が復興予算という税金で次々と建てられていく。たとえば伝承館の隣には、いまだに人が住んでいない双葉町であるにもかかわらず、「双葉町産業交流センター」がそびえる。川俣町には「山木屋地区復興拠点商業施設とんやの郷」が、葛尾村には「復興交流施設・葛尾村復興交流館あぜりあ」が、飯舘村には「復興拠点・いいたて村の道の駅までい館」や「復興公営住宅」が建設され、楢葉町には「ふたば医療センター附属ふたば復興診療所(ふたばリカーレ)」が開設された。双葉町と浪江町にまたがる「復興祈念公園」や富岡町アーカイブ施設は、今も建設中だ。
その一方で、JR常磐線の双葉駅や浪江駅周辺の建物は解体が続き、更地が広がり続けている。通い続けるとよく分かるが、訪れるたびに風景が変わり、前回見た景色を思い出すことが困難なほどだ。17年春に一部を除いて避難指示が解除された飯舘村でも、2年ほどかけて住宅や牛舎、作業小屋や倉庫などの建物や、庭などの敷地、そして田んぼや畑の「除染」が行なわれた。

建物解体続き更地に

ところが、その「除染」が村内全域で終了すると、今度はその「除染できれいになった」はずの建物の解体が始まったのだ。村の至るところに、更地化された土地が見える。更地には白い「きれいな山砂」が敷かれている。かつて、そこに人々が暮らした家があったことを伝えるように。
田畑についても、放射能災害に見舞われる以前に耕作放棄されて柳の木が生えていた田んぼまでも、柳を抜いて表土を剥ぐ「除染」が行なわれた。それから数年後の現在、そこにセイタカアワダチソウなどの雑草が生い茂っていることは言うまでもない。「目的を欠いた除染だ」との地元民の声にもうなずける。

帰宅困難区域を放置

もちろん、別の声もある。帰還困難区域の浪江町津島地区から避難し、震災から10年となる現在も福島市に暮らす女性は「放射能で汚しておいて、そのままにするなんて許せないですよ。だから、今でも除染してほしい」と、帰還困難区域が放置状態であることに憤る。
たとえ「除染」されても、その後に帰還して暮らす予定はないのだが、「汚したんだからきれいにするのが当然」と言う。その気持ちは彼女一人のものではない。帰還困難区域の何人もの人がそう語るのを耳にした。しかし彼女、彼らも、たとえ家や畑の「除染」が完了しても、そこに帰還することはない。
それは、たとえ「除染」ができたとしても、事故前の毎時0・05マイクロシーベルトまで放射線量が下がることがないことを知っているからだけではない。
事故後の10年にわたる避難の間に、地域の人々は散り散りにされ、コミュニティーの復活が極めて困難なほどのバラバラにされてきたことを知るからだ。それほどに共同体の解体が進んでしまったことを原子力災害の被災者は理解し、深刻に受け止めている。

10年前に爆発事故を起こした東京電力福島第一原子力発電所。手前に中間貯蔵施設と無人の集落が見える
↑10年前に爆発事故を起こした東京電力福島第一原子力発電所。手前に中間貯蔵施設と無人の集落が見える(2020年10月、大熊町)。
昨年、「双葉町産業交流センター」がオープンしたが、双葉町の帰還者は現在も0人(2020年9月、双葉町)。
↑昨年、「双葉町産業交流センター」がオープンしたが、双葉町の帰還者は現在も0人(2020年9月、双葉町)。