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疑惑隠ぺい国会

カテゴリー:社会新報 投稿日:2020-02-05

野党による追及と解明をさらに強化

通常国会は先週から予算委員会での審議が始まった。先月20日に行なわれた安倍首相の施政方針演説では、大臣辞任や「桜を見る会」など一連の疑惑に一切触れることはなかった。委員会審議でも質問には拒否と開き直り、はぐらかしで貫かれている。今国会は当初から「疑惑国会」とやゆされてきたが、冒頭からその言葉通りの政権の姿勢が明らかとなった。

首相は演説の中で、成果や実績を自画自賛したが、多くの国民は実感に乏しく冷ややかに受け止めた。オリンピック・パラリンピックについても、「世界中に感動を」「新しい時代へ」と繰り返したが、「独りよがり」との感は否めなかった。そして昨年同様、最後は「改憲は国会議員の責務」と締めくくり、改憲への前のめりの姿勢をあらわにした。国民の疑問には一言も答えず改憲を呼びかける姿勢には、自民党・二階幹事長も「拙速に走るようなことがあってはならない。期限ありきではない」と指摘し首相の姿勢を問題視した。

元経産相のカニとメロンに始まり、疑惑と批判の対象となった金額は膨れ上がり、この数ヵ月間で辞任、追及、捜査、逮捕が繰り返され、今も政権は疑惑と不祥事の真っただ中にある。そしていよいよ1億5000万円だ。自民党内のことだが、さすがに「ケタが違いすぎる」「総裁か官房長官が関与したのか」など疑問の声が上がっている。「一強多弱」とは与野党の力関係だけではなく、党内にあって首相や官邸に異を唱える勢力との関係にも言えることも明らかとなった。首相を含め疑惑の当事者は、「捜査中」「個人情報」「個別事案」「セキュリティ」「営業の秘密」を理由に答弁や説明を拒否し続けている。許してはならない。

「真摯(しんし)に、謙虚に、丁寧に」とは首相の口癖だが、国会審議で一度も実践されたことはない。「任命責任」も同様で、「痛感」はするが、少しでも国民の疑問を払拭(ふっしょく)し、不信に答えようとする姿勢ではない。「説明責任」に至っては、「説明しない」ことと同義語だ。言葉が濫用されるとき、その言葉が正しい使い方をされていないことが往々にしてある。まさに言葉とは真逆の政権である。昨年来わが党は、共同会派をはじめ立憲野党で「追及チーム」を結成し、取り組みを進めてきた。「疑惑隠ぺい国会」で終わらせず、疑惑と不祥事の追及と解明をさらに強めなくてはならない。

(社会新報2020年2月5日号・主張より)