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JCO被曝から20周年 臨界事故を忘れない

カテゴリー:脱原発 投稿日:2019-10-09

東海村現地集会で参加者が誓い

JCO被曝から20周年 臨界事故を忘れない

「JCO臨界事故20周年集会」が9月29日、東海村で開かれ、市民ら300人が参加した。主催は茨城平和擁護県民会議、原水爆禁止日本国民会議、臨界事故を語り継ぐ会など5団体。

JCO臨界事故は、1999年9月30日に核燃料加工施設で起きたもので、作業員2人が日本では初めて被ばくによって死亡したほか、多くの周辺住民が被ばくした。

集会は、亡くなった2人への黙とうで始まり、初めに臨界事故を語り継ぐ会の大泉実成さんが地元を代表してあいさつした。

JCOの「隠ぺい」体質

大泉さんは事故の背景について、「JCOでは作業の裏マニュアルがあり、それが事故につながった。その裏には動燃の無理な発注作業があった」と指摘。その上で、大泉さんの両親を含む周辺住民666人が被ばくしたとして、「多くの人の白血球が増えたり、頭痛や皮膚炎などで体調を壊したりした。私の両親もその後、亡くなった」と語った。その上で「JCOの隠ぺい体質は今も変わっていない。今後も臨界事故について語り続けたい」と決意を述べた。

続いて、主催者を代表して原水禁事務局長の藤本泰成さんがあいさつ。藤本さんは、東電幹部3人に対する無罪判決が出された福島原発刑事訴訟に触れて、「裁判の中で、事業者は津波や地震対策にどのような態度を取らねばならないかという課題も明らかになった」と指摘。また、関西電力が高浜町の元助役から3億2000万円を受け取っていた問題について、公益事業の資格に欠けると強く批判。「今後、他の電力会社でも同様のことがないか政府に調査を求めていきたい」と語った。その上で、安倍政権の原発輸出や新増設計画などの原発政策は完全に破綻したと指摘した。

国と動燃の責任追及を

その後、内科医の振津かつみさんが「JCO臨界事故とフクシマ」と題して講演。

振津さんは臨界事故について、「日本で初めて起きた被ばくによる労働者の死亡事故であり、さらに一般市民をも巻き込んだ」と指摘。その上で、「JCOのみならず国と動燃の責任も問われるべき。刑事裁判では国や動燃の責任は問われなかったが、事故の反省もなくリスクを前提に原子力を推進し、被害者の健康被害を切り捨ててきた」と強く批判した。

振津さんはさらに、大泉さんが健康被害訴訟の中で訴えた「JCOは、風評被害には150億円を補償する一方で、最も重要な健康被害にはゼロ回答。われわれはモノ以下か」という言葉を紹介しながら、「JCO事故を語り継ぎ、被害住民健康診断や住民のアンケート活動を見守り、今も低線量被ばくによる健康被害が続く福島事故被害者との連帯を」と訴えた。

特別報告として、青木秀樹弁護士が東海第2原発運転差し止め裁判について報告。「原発は不要だという声を広げていこう」と呼びかけた。

集会には県内44市町村中、36の自治体からメッセージが寄せられた。

終了後、参加者は「JCO臨界事故を忘れない」、「東海第2原発再稼働反対」などとアピールしながら、JR東海駅までデモ行進した。

 【JCO臨界事故】 1999年9月30日、茨城県那珂郡東海村のJCO東海事業所で発生した原子力災害。転換試験棟で硝酸ウラニウムを製造中、核分裂が継続する臨界状態が20時間続き、現場作業員3人が大量被ばくし、うち2人が急性障害で死亡。救助活動をした人や周辺住民ら約666人が被ばくした。

(社会新報2019年10月9日号より)