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【佐高信の“眼”】  野党統一候補の基準は?

カテゴリー:社会新報 投稿日:2019-09-25

1日に行なわれた私の郷里の酒田市長選に、元市長で、その後、国政に転じ、落選した阿部寿一が、また立候補すると聞いて、「ちょっと待った」という一文を、『荘内日報』の連載「佐高信の思郷通信」に書いた。題して「〓昔の名前で出ています〓のカメレオン阿部」。

その一部を引くと

「私が彼に一番不信感を抱くのは、野党を分断した希望の党の公認で衆議院議員選挙に出たことである。小池百合子の排除の論理でアッという間に人気がなくなったが、あの時、希望の党に走った人間を私はまったく評価しない。ましてや、彼はかつて自民党に公認を申請したこともある男である。保守と革新の間を右往左往する姿は、まさに小林旭の〓昔の名前で出ています〓を思い出させる」

「酒場の女の名前が変わるのはいい。しかし、政治に携わる者の立場がクルクル変わるのはいかがなものか。それではカメレオンだろう」

この阿部を野党が統一して推した(結果は落選)。

しかし、阿部を含めて希望の党に参加した人は、小池の「安保体制に賛成しない方は、そもそも希望の党にアプライして来られないじゃないかと思います」という発言を容認した。つまり、踏んではならない踏み絵を踏んでしまった人たちではないか。

統一のためには違いをのりこえる必要があることはわかる。しかし、そこに基準はないのか。

昨年春の京都府知事選挙で私は市民派の福山和人の応援に行った。相手の前復興庁事務次官、西脇隆俊を推したのは自民党、公明党、立憲民主党、希望の党、民進党で、福山を支持したのは共産党だけ。とりわけ、立憲民主党、希望、民進は国会では自公の安倍(晋三)政権と対決しながら、京都では手を組むというお粗末だった。

安倍政権に打撃を与える選択肢こそ重要

希望の前原誠司と立憲の福山哲郎が京都で、アンチ共産党で西脇を推したのだろう。中途半端な彼らが、安倍に打撃を与えるという選択肢を奪った。実際に京都在住の知人が腹立たしいとメールをよこしている。

社民党と自由党はこの時、自主投票だったが、京都では福山和人を応援し、酒田では自主にすべきではなかったか?

昨年6月11日深夜の「朝までテレビ」で立憲民主の幹事長の福山哲郎と同席したので、なぜ、自公の推す候補に相乗りしたのか、と尋ねた。すると、京都が選挙区の福山は

「共産党と一緒にやったら、次に私は落ちますよ」

と顔をしかめて言う。

「落ちていもいいじゃないか。あそこで野党候補が勝ってたら、安倍政権にとっては大打撃だったよ」

と追撃すると、松下政経塾ならぬ松下未熟塾の卒業生である福山はぼうぜんとしていた。

そんなやり取りを見ていた自民党の山本一太が、「あの結果にはこちらも冷や汗が出ました」

と声をかけてきたほど、京都府知事選で市民派候補は健闘したのである。チャンスは逃がすべからずだ。

(社会新報2019年9月25日号より)