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加害責任と向き合わぬ靖国政治

カテゴリー:外交安保 憲法 投稿日:2019-08-30

8月15日の靖国神社 集団参拝は政教分離に抵触

加害責任と向き合わぬ靖国政治

アジア太平洋戦争での日本の敗戦から74年を迎えた8月15日、東京・九段北の靖国神社(メモ参照)は朝から猛暑に包まれた。西日本を直撃した台風の影響で、白い雲塊が青空を勢いよく流れていく。

敷地内は来訪者であふれかえり、拝殿前の人の列は徐々に長くなっていった。

独善的な安倍首相

午前、超党派の「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」(会長=尾辻秀久元厚生労働相)は、恒例の集団参拝を行なった。副大臣または政務官の8人を含む衆参議員52人が参拝。うち自民議員は49人。

また、稲田朋美自民党総裁特別補佐が訪れ、安倍晋三首相の代理として私費で玉串料を奉納した。稲田氏もこの後、参拝した。安倍首相の「この日」の玉串料奉納は、7年連続となる。稲田氏は安倍首相から託された言葉として、「わが国の平和と繁栄が、祖国のために命を捧げたご英霊のおかげであると感謝と敬意を表します」と記者団に語った。

安倍内閣の閣僚は、3年連続で敗戦記念日の参拝を見送った。だが、安倍首相に近い萩生田光一自民党幹事長代行らは個別に参拝した。

安倍首相は同日、靖国神社にほど近い日本武道館で行なわれた全国戦没者追悼式に参列し、式辞を述べた。7年連続で、植民地支配や侵略戦争に関する反省の言葉はなかった。

述べられたのは、同胞戦没者の尊い犠牲への敬意と感謝の言葉…。アジア諸国への加害の歴史など、まるでなかったかのようだ。

被害と加害の両面を併せ捉えるのでなければ、「あの戦争」の実相が見えてこないはずだ。安倍首相にとって、歴史とは、見たいものだけを見るものなのか。

安倍政権にまともな外交成果がないのは、こうしたことも関係しているのではないか。見えてくるのは、独りよがりの歴史認識と、国内世論対策の「内交」だけだ。

「感情の錬金術」も

靖国神社は、決して日本古来の伝統ある神社ではない。昭和に入り、国威発揚と戦争協力の「装置」として、国家神道の役割を急速に強めていった。

東京大学大学院の高橋哲哉教授(哲学)は2005年に著した『靖国問題』(ちくま新書)の中で、靖国神社について次のように述べている。

〈戦死者が顕彰され、遺族がそれを喜ぶことによって、他の国民が自ら進んで国家のために命を捧げようと希望することになることが必要なのだ〉

〈これこそ、靖国信仰を成立させる「感情の錬金術」にほかならない〉

こうした靖国神社に、1978年、日中戦争・アジア太平洋戦争のA級戦犯が合祀(ごうし)された。つまり、A級戦犯も英霊としてまつられた、ということだ。

このことから、首相を含む閣僚や国会議員らが靖国神社に参拝する、または玉串料を奉納することは、A級戦犯を英霊として認めることを意味する。当事者らが「そのつもりはない」と言おうが、公職者のそうした行為は、外形的に判断されるべきものだ。

また、このような行為は、憲法20条第3項の「政教分離原則」に抵触する可能性も高い。

これらのことから、「8月15日か否か」は本質的な問題ではなく、政治的・外交的な問題にすぎず、靖国神社との関わり自体が問題なのだ。

「靖国政治」の貧困

午前10時半から、参道脇の特設テントで第33回戦没者追悼中央国民集会が開かれた。日本会議と英霊にこたえる会の共催。テント内に約350人が集まった。

主催者は「声明」の中で、〈戦後日本は、戦勝国の立場から我が国を一方的に断罪した東京裁判史観を払拭(ふっしょく)できず、英霊の名誉は未だ回復されていない〉と断じた。また、安倍首相と閣僚の靖国参拝に加え、天皇の参拝も求めた。

日本による加害の面には目を向けず、被害者意識ばかり募らせる主催者らの姿勢は、安倍首相のそれと相通じるのかもしれない。実際、安倍首相は日本会議国会議員懇談会の特別顧問を務め、閣僚の約4分の3は同懇談会に所属しているのだから。

だが、こうした「安倍日本会議」勢力の思惑に、天皇が与することはない。

私たちは、「あの戦争」の実相をゆがめる「靖国政治」の欺瞞(ぎまん)を見破り、歴史の全体性を追求していくべきではないか。

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 【靖国神社】=1869年(明治2年)に、明治天皇の発議により東京・九段北に招魂社が創建され、79年に現社号に改称された。
戊辰戦争(68~69年)以降の国内戦争と対外戦争において、国家のために尊い命を捧げた人々の神霊(みたま)246万6000余柱がまつられているとされる。
昭和に入り、国家神道の役割を急速に強めた。日中戦争・アジア太平洋戦争のA級戦犯も合祀される。

(社会新報2019年9月4日号より)