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憲法コラム

第93回(7月18日):照屋寛徳 議員

遂に安倍総理が改憲の本音を露呈する

 参議院選挙の投開票日が間近に迫った7月15日、遂に安倍総理が改憲の本音を露呈した。安倍総理は、自らの経済政策であるアベノミクスを自慢げに積極宣伝し、参議院選挙の公示後は、テレビ出演や街頭演説で改憲発言を「封印」していた。

 ところが、7月15日に放映された長崎国際テレビ番組のインタビューで「われわれは(憲法)9条を改正し、その(自衛隊)存在と役割を明記していく。これがむしろ正しい姿だろう」と言い放った。安倍総理は、同インタビューで「国内では自衛隊は軍隊ではないと言われているが、海外では軍隊として認識してもらっている。軍隊として認識してもらわなければ国際法の社会の中での行動ができない」等とも語っている。安倍総理が改憲発言の「封印」を解いて、9条改憲に言及し、自衛隊を軍隊として位置づける必要性を強調したのである。遂に安倍総理が改憲の本音を露呈した。総理インタビューでの発言ニュースに接して、そのような感慨を深くしたのは、私一人ではあるまい。

 私は、安倍総理が被爆地・長崎で憲法9条を変えて自衛隊を国防軍として明記すると発言した事を重大視している。私は、安倍総理の発言内容に反対だ。断固拒絶する。

 今一度、憲法第9条について考えてみよう。

 憲法第9条は「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権はこれを認めない」と規定している。

 よく、憲法第9条は、平和主義を掲げ、宣言していると語られる。憲法第9条の平和主義の三要素は、「戦争の放棄」、「戦力の不保持」、「交戦権の否認」である。ところが、自民党「日本国憲法改正草案」では、「戦力の不保持」と「交戦権の否認」がバッサリと削除された。

 一方で、自民党も「戦争の放棄」は認めているが、憲法前文の「平和的生存権」は削除しており、自民党「日本国憲法改正草案」第9条2項は、自衛権発動を無制約的に認めているとしか解釈できず、「戦争国家」への歯止めにはならない。

 昨今、憲法9条改憲論者から「自衛隊は実質上軍隊のようなものである」とか「独立国家であれば軍隊を保有するのは世界の常識である」等と声高に叫ばれ、だから憲法9条を改正(悪)して自衛隊を国防軍として明記する必要があるんだ、と主張する。私は、現在の自衛隊は憲法違反の存在だと考える立場だ。たしかに、現在の自衛隊はその装備実態や人員からして「戦力」だ。でも、憲法9条2項の規定により交戦権はない。だから、自衛隊は、敵国の基地を破壊したり、兵士を殺すことはできない。しかし、憲法9条2項を全面削除し交戦権が行使できるようになると、人殺しができる軍隊になるのだ。自民党が狙っている「国防軍」創設は、自衛隊の単なる名称変更ではない。自民党国防族を中心に急浮上する「敵基地攻撃論」と「国防軍」創設は不離一体と見るべきだ。これが、安倍総理の「9条改憲論」の本質だ。

 私は、6月24日付の憲法リレーエッセー「悲惨な沖縄戦と憲法第9条」で、悲惨な沖縄戦の実相の一つとして「旧日本軍=皇軍は住民の命を守らなかった」と書いた。「軍隊は国家を守るものであり、国民を守るものではない」、このことこそ、世界の常識なのだ。

 あなたは、この「軍隊の世界常識」を受容しますか?参議院選直前になって露呈した安倍総理の憲法第9条改憲を容認しますか?参議院選挙の投票先は、憲法第9条改悪に反対する社民党候補に一票一票を!

照屋寛徳

(2013年7月18日 社民党国対委員長 照屋寛徳)


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