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憲法コラム

第91回(7月12日):照屋寛徳 議員

最高法規たる憲法とその尊重擁護義務

照屋寛徳

 1945年から1972年迄のアメリカ軍政下の沖縄では、米軍が発布する布令、布告、指令等が最高法規範であった。軍政下の沖縄に日本国憲法は適用されなかった。「無憲法」下の沖縄と称される由縁である。当然ながら、日本国憲法が保障する基本的人権も保障されず、自由権の保障や個人の尊厳も認められなかった。全てに米軍の論理と運用、利益が優先した。

 日本国憲法第98条は「この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない」と規定している。日本国憲法こそは、この国の最高法規なのだ。従って、この国の政治権力者の権力執行行為は全て憲法に則って行われなければならない。しかも、忘れていけないのは、日本国憲法第98条の憲法の最高法規性は、日本国憲法第97条の「基本的人権の永久不可侵性」の規定と不離一体であることだ。

 さて、1972年5月15日、沖縄は本土「復帰」を実現した。そして、「復帰」と同時に沖縄にも日本国憲法が適用されることになった。憲法第98条の最高法規範性は、沖縄でも発揮される(活きる)はずだったが、そうはならなかった。何故か。「復帰」によって沖縄にも憲法が適用されるようになったが、同時に、日米安保条約も適用されることになったからである。

 日本国憲法第98条2項は「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」と定めている。〈わが国が締結した条約等を遵守する〉ことは、私も理解、了解する。だが、それはあくまでも最高法規たる憲法に適合する限りのことだ、と思慮する。

 ところが、「復帰」後、今日迄の沖縄の現実は、最高法規たる憲法法体系が安保法体系によって浸蝕されている。沖縄では、憲法より日米安保条約、日米地位協定が常に優先され、最高法規たる地位を占めている。アメリカ軍政下の「無憲法」状態が日本政府の施政権下で「反憲法」状態のオキナワに変わったに過ぎない。だから、多くのウチナーンチュが「憲法番外地」だと憤(怒)っている。

 日本国憲法第99条は「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」と規定する。

 憲法第99条で明らかなように、国民には憲法尊重擁護義務は課されていない。それは何故か。立憲主義においては、国家権力は国民に由来し、憲法制定権は国民にあるからである。分かりやすく説明すると、憲法を尊重し擁護しなければならないのは、権力を持つ側である。逆に、主権者たる国民は、総理、国会議員、裁判官、公務員らに「憲法を守れ!」と要求する立場にあるのだ。ところが、最近では憲法尊重擁護義務を負っている総理や国会議員らが、声高に「改憲」や「壊憲」を叫ぶ。これって、本当にアベコベだ。おまけに、自民党「日本国憲法改正草案」第102条は「全て国民は、この憲法を尊重しなければならない」との条項を追加新設し、国民に憲法尊重擁護義務を課すことになっている。

 その一方で、自民党「日本国憲法改正草案」では、天皇の憲法尊重擁義務を削除している。天皇を憲法に拘束されない地位におき、天皇を《日本国の象徴》から《日本国の元首》にせんとするのが、自民党の改憲の狙いなのだ。

 沖縄で最高法規たる憲法に反する政治権力を行使し、又は、アメリカのそれを黙認して恥じない安倍総理や各大臣、自民党や改憲派の国会議員らに、改憲を語る資格はない。多くのウチナーンチュは、そのように考えていると確信する。

(2013年7月12日 社民党国対委員長 照屋寛徳)


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