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憲法コラム

第197回(3月29日):照屋寛徳 議員

戦争法は一見明白に違憲無効だ、強く廃止を求める

【写真】「戦争法発動反対!戦争する国許さない 3・29閣議決定抗議!」大集会(国会正門前)

照屋寛徳
照屋寛徳

 安全保障関連法(戦争法)が3月29日をもって施行された。許せない。

 私は、3月29日及び30日付の地元2紙朝刊に、次のようにコメントした。

 「戦争法は一見明白に違憲無効である。立憲主義に反し、この国の民主主義と平和を破壊する悪法だ。施行されると真っ先に沖縄が戦場となり、捨て石にされる。野党5党提出の戦争法廃止法案を今すぐ審議せよ」―。

 地元2紙が求める沖縄選出・出身国会議員コメントは、わずか100字足らずに制限されている。そこで、前記コメントを敷衍(ふえん)し、憲法コラム風に論を展開する。

 いわゆる戦争法は、安全保障関連法案(戦争法案)として、衆参両院での審議段階から多くの憲法学者、歴代最高裁長官や裁判官、元法制局長官らによって「違憲性」が鋭く指摘されてきた。圧倒的多数の世論もその「違憲性」を見抜き、反対していた。

 「2015年安保闘争」と呼ばれるように、戦争法案反対の国会包囲行動や全国各地における反対運動の現場には「SEALDs(シールズ)」や「ママの会」「シニア左翼」など組織動員されない、自立する個人の集まりも多く登場し、声を挙げていた。

 安倍総理や自公巨大与党は、これら憲法学者やSEALDsをはじめとする多くの国民の声を無視し、昨年9月19日未明の参議院本会議で強行可決・成立させたのである。まさに、この国の民主主義を破壊する暴挙そのものだった。

 多くの憲法学者が指摘するまでもなく、戦争法は立憲主義に反する。憲法は、主権者たる国民が時の権力を縛るものである。ところが、戦争法によって逆に、国家(時の権力者)が国民を縛ることになる。

 戦争法は、憲法9条を実質的に無効化するものだ。同法施行で、憲法9条に基づく専守防衛を解釈によって全面変更し、集団的自衛権の限定的行使容認の名の下に「平和国家」日本が「戦争国家」へと変貌を遂げることになる。自衛隊と米軍が一体化・融合化し、「地球の裏側」まで出掛けて軍事行動を展開することで、自衛隊は人を殺し、殺される実質的な軍隊となるのだ。もって、憲法の平和主義は死んだも同然だ。

 戦争法が施行され、発動すると、在日米軍専用施設の約74%が集中する沖縄が真っ先に戦場となり、去る大戦で20万余の尊い命が奪われた悲劇が再現されるであろう。沖縄がこの国の安全保障の名の下に再び捨て石にされることがあってはならない。

 戦争法は、11本の法律を2本にまとめた安全保障法制である。これら11本の各法律には、複雑多岐の様々な論点があった。

 安倍政権は「わが国を取り巻く安全保障環境の変化」を口実にして、わずか150時間程度の国会審議をもって「数の力」で強行成立を図った。  

 なぜ、国権の最高機関たる国会審議を形骸化せしめてまで成立を急いだのか。それは、戦争法案の国会提出前に米国連邦議会上下両院合同会議の場で「この(2015年)夏までに成立させる」と約束したからに他ならない。安倍総理に独立国家・主権国家のトップ・リーダーとしての矜持は皆無だ。あるのは米国に媚びへつらい、従属する政治哲学のみである。残念だ!

 戦争法は、成立直後から今日まで、多くの国民の理解が得られていない。成立直後、野党は憲法第53条に基づく臨時国会召集を要求し、さらなる国会論戦の深化を求めたが、自公巨大与党によって拒否された。そのことも明白な憲法違反だ。まさしく戦争法は安倍内閣による“憲法クーデター”である。

 戦争法は、本日(3月29日)をもって施行されたが、同法の廃止を求める各界各層の闘いは拡がり、強まるばかりである。

 今通常国会には、野党5党(現4党)共同で戦争法廃止法案を提出済だ。安倍総理と自公巨大与党は国会論戦から逃げずに、主権者たる国民の知る権利に答えるべきだ。それを怠ると、国会の機能不全どころか自殺行為に等しい。

 戦争法施行にともない、今朝の朝刊各紙やテレビニュース等では現職自衛官やその家族らの不安の声が伝えられている。当然だ。現職自衛官はもとより、国民の理解と合意のない安全保障が上手く作動するはずがない。

 本日の戦争法施行を受けて、安倍総理は「在任中の改憲」を豪語し、7月の参議院選挙(衆参同日選挙も視野)で改憲発議に必要な3分の2以上の議席確保を狙っている。

 一強多弱の国会状況に照らし、野党勢力は大同団結して選挙共闘を大胆に進め、戦争法廃止、立憲主義と民主主義、平和主義の回復を目指して闘っていかねばならない。

 結びに、戦争法廃止を求める闘いと辺野古新基地建設反対の闘いは、有機的に連動するものであることも付言しておく。通底するのは、民主主義と人間としての尊厳を賭けた闘いであることだ。その思いを共有し、闘い抜こう。

(2016年3月29日 社民党衆議院議員 照屋寛徳)

 

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