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憲法コラム

第185回(5月20日):照屋寛徳 議員

「平和と安全」の美名による憲法と沖縄の破壊

照屋寛徳

 沖縄は、去る5月15日をもって「復帰」43年の節目となった。沖縄の5・15「復帰記念日」である。

 奇しくも、安倍内閣は沖縄の「復帰」43年の節目の前日、安全保障法制関連法案(いわゆる「戦争法案」)を閣議決定し、翌5月15日に国会へ提出した。

 安倍内閣が国会へ提出し、今国会中に成立を期すと豪語する「戦争法案」は、集団的自衛権行使容認(解釈改憲)に基づき、自衛隊と米軍を一体化・融合化させ、世界的規模で「戦争ができる国づくり」を推進するものである。

 「戦争法案」が成立すると、憲法9条は実質無効化する。明文改憲によらずして、憲法に定める平和主義が崩壊し、日本は「平和国家」から「戦争国家」へと暴走するのは間違いない。

 安倍政権による憲法破壊(壊憲)の暴走を断じて許してはならない。護憲勢力の正念場だ。

 いわゆる「戦争法案」は、国際社会の平和が脅かされた際に、自衛隊が他国軍を後方支援する新規の「国際平和支援法案」、自衛隊法、武力攻撃事態法、重要影響事態法(現・周辺事態法)、PKO協力法などの個別法10本の改正法案を一括した「平和安全法制整備法案」の二本立てで構成されている。

 安倍総理は、5月14日の閣議決定後の記者会見で、以下のように述べている。

 「『戦争法案』などといった無責任なレッテルは全くの誤りだ。あくまで日本人の命と平和な暮らしを守るためにあらゆる事態を想定し、切れ目のない備えを行うのが今回の法案だ」

 「戦後日本は平和国家としての道をまっすぐに歩んできた。世界でも高く評価されている。私たちは胸を張るべきだ。しかし、それは『平和、平和』と唱えるだけで実現したものではない」

 「私たちは先の大戦の深い反省と共に70年、不戦の誓いをひたすらに守ってきた。これからも私たち日本人の誰一人として戦争など望んでいない。疑いの余地なはい」―などと。

 私も、議員会館居室で安倍総理の生中継記者会見を観ていたが、余りにもの嘘っぱち、誤魔化し、屁理屈の数々に反吐が出そうなほど不愉快になった。

 安倍総理は「積極的平和主義」の旗を掲げ、武器輸出三原則の廃止による「死の商人」への変身や文官統制の廃止など「積極的戦争政策」を推進し、「戦後レジームからの脱却」を叫んでは、歴史修正主義に基づく「村山談話」「河野談話」の実質破棄を目論んでいる。その安倍総理による“不戦の誓い”の欺瞞を見抜けないほど、多くの国民は能天気ではない。

 そもそも、法案の中身を偽り、国民を騙すために、法案名に「国際平和」とか「平和安全」などという耳触りのよい文言を冠するやり口からして怪しいのだ。国策の欺瞞と行政府による立法の謀略を国会審議で喝破し、院外の平和勢力と共闘して廃案を勝ち取りたい。

 5・15「復帰」43年の沖縄へと論を進めよう。

 1960年代初頭の中高生時代に、教師や周囲の大人たちが唱導する「祖国復帰運動」に身を投じていた私自身、「祖国(日本)」に甘い幻想を抱いていたことは素直に認める。大学生になって「復帰」が実現するまで「反戦復帰」を叫び、「核も基地もない」日本国憲法下への「復帰」を求めて闘いに参加したことも事実だ。

 そのうえで、1995年7月に国政の場に身を置き、委員会質問や質問主意書などの国会論戦で分かったことは、ウチナーとウチナーンチュが「復帰」後も憲法上の「国民」として扱われていない事実であった。憲法前文の平和的生存権がウチナーンチュには保障されず、ウチナーは軍事植民地として放置されていること、安保法体系と秘密法体系によって、憲法9条の「戦争放棄」「戦力不保持」「交戦権の否認」がウチナーは適用外である、ことも分かった。

 私は、自らの国会内外の活動を真摯に総括し、歴代政権と日米両政府への異議申し立てと提言の意味を込めて『ウチナーンチュときどき日本人』『沖縄から国策の欺瞞を撃つ』『憲法を求める沖縄 捨てる日本』の小著を上梓した。

 三冊の小著は、かつて「祖国復帰運動」に動員され、自らも進んで参加した者としての、また、祖国(日本)に裏切られ続けているウチナーンチュの一人としての反省録であり、自己決定権(将来的に独立をも指向する)を求める政治的、思想的営為の到達点である。

 私はこれまで、ウチナー選出の一国会議員として、基本的な政治信念を「ウチナーの未来は ウチナーンチュが決める」と定め、闘ってきたつもりである。いや、これからも闘い続ける。

 さて、「復帰」43年を迎えた今の沖縄の政治状況の中で、最も大きな課題は、日米両政府が国家権力を最大動員し、暴力的弾圧でもって強行推進する辺野古新基地建設の阻止である。

 ウチナーとウチナーンチュが「屈しない」心を堅持し、辺野古新基地建設阻止の闘いに勝利することで、安倍総理が企む集団的自衛権行使容認(解釈改憲)閣議決定による憲法9条の形骸化にとどめを刺す。同時に、「戦争法制」という“法の下剋上”による憲法9条実質無効化(明文改憲なき改憲=壊憲)にとどめを刺す。

 今年は敗戦70年、悲惨な沖縄戦終結から70年の節目である。

 芥川賞作家の目取真俊氏が2005年に出版した『沖縄「戦後」ゼロ年』で描いた状況は、安倍独裁政治の下、軍事植民地化したウチナーの今へと続いている。

 だからこそ、ウチナーンチュは「オール沖縄」という沖縄ナショナリズム(決して排外主義ではない)の旗印の下に団結して闘い、ウチナーンチュのアイデンティティー確立と尊厳を求め、辺野古新基地建設阻止に決起するのである。

 「復帰」43年の沖縄の運動は、国策に抗い、不戦を誓って護憲に生きることを志向(指向)する。その営みこそが憲法前文の平和的生存権の実践であり、憲法9条を実質化せしめ、同13条の〈個人の尊重、生命・自由・幸福追求の権利の尊重〉に繋がるものだ、と確信する。

 去る5月17日、「戦後70年 止めよう辺野古新基地建設!沖縄県民大会」が那覇市内の沖縄セルラースタジアムで開催された。

 その日、例年だと梅雨入りしている沖縄は、朝から炎天だった。

 沖縄県民大会には、親子三代の県内参加者、ヤマト(県外)、海外から辺野古新基地建設阻止に自立する連帯を寄せる仲間など3万5千人が結集した。会場には「屈しない」「辺野古新基地NO」と刷り込まれた辺野古の美ら海とウチナーの空を象徴する青色のメッセージボードが波のように揺れ、掲げられ、平和を求める声が怒号した。

 ウチナーの圧倒的民意を無視して強権的に辺野古新基地建設を進める日米両政府に対し、翁長知事は拳を振りかざして絶叫した。

 「ウチナーンチュ ウセーティ ナイビランドー」―と。

 翁長知事の叫びに呼応して3万5千人の参加者が一斉に立ち上がり、共感と連帯の拍手が鳴り止まなかった。

(2015年5月20日 社民党衆議院議員 照屋寛徳)

 

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