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憲法コラム

第181回(2月12日):照屋寛徳 議員

杉本さんへの旅券返納命令と憲法の「渡航の自由」

【写真】2月10日付東京新聞

【写真】2月10日付東京新聞

 岸田文雄外務大臣は去る2月7日、イスラム教スンニ派の過激派組織「イスラム国」が一部を支配するシリアへの渡航を計画していた新潟市のフリーカメラマン杉本祐一氏(58歳)に対し、旅券法第13条第7号に基づく「一般旅券返納命令書」を発布のうえ、旅券返納を命じ、即時執行した。

 杉本氏は、マスコミ各社の取材に応じ、外務大臣の旅券返納命令は、報道の自由や渡航の自由を不当に規制するものだ、と怒りを表明し、強く批判している。

 そのうえで杉本氏は、近く行政不服審査法に基づき、外務大臣宛てに旅券返納命令への異議を申し立て、覆らなかった場合、処分取り消し請求訴訟を提起する方針のようだ。(2月9日付朝日新聞夕刊、2月10日付東京新聞)

 杉本氏は、マスコミ取材に対し、返納命令書を読み上げた外務省旅券課の職員から「(返納に)応じなければ逮捕もありうる」と告げられ、「逮捕されると母親や支援者に迷惑をかけると思い」、苦渋の決断で旅券返納命令に従った、と説明している。(菅官房長官は、その場で逮捕するとは言っていない、と否定するコメントを発表)

 マスコミ報道で知り得た杉本氏への旅券返納命令の経緯は概略以上のとおりで、事態は訴訟沙汰への発展も見込まれるなど、極めて流動的である。そのことを前提に、杉本氏への旅券返納命令が憲法に定める「渡航の自由」「表現の自由」「報道の自由」との関連で、看過できない重要な問題だと思い立ち、コラムを書き綴ってみる。

 当然、この問題については賛否両論あるものと予測する。

 日本国憲法第22条は、次のように居住・移転・職業選択・国籍離脱の自由について定めている。

 第1項「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する」。第2項「何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない」。

 また、世界人権宣言第13条は「(1)すべて人は、各国の境界内において自由に移転及び居住する権利を有する」。「(2)すべて人は、自国その他いずれの国をも立ち去り、及び自国に帰る権利を有する」と定めている。

 日本国憲法第22条が定める自由の内容については、学説上諸説ある。日本国憲法第22条第1項が職業選択の自由と並べて、居住・移転の自由を保障していることに照らし、居住・移転の自由を経済的自由に分類する考え方が伝統的だ。

 一方、近時では、単に経済的自由としてだけではなく、人身の自由、表現の自由、人格形成の自由といった多面的・複合的性格を有する権利として理解されるようになっているようだ。(野中俊彦ら共著『憲法T第5版』有斐閣)

 私自身は、(1)人身の自由は、ただ単に消極的に拘束されないというだけでなく、より積極的に自らその好むところへ移動する自由を含むこと。(2)集会・結社・集団行進などの抑圧が、居住・移転の制限という形をとって行われうること。(3)居住・移転の自由は、人格の陶冶(とうや)に寄与するという意味で、人間存在の本質的意義を有する―等の説明理由に納得し、後者の考えに従いたい。

 さてさて、本題の海外渡航の自由について論じてみよう。海外渡航とは、広くは憲法第22条第2項の外国移住の自由として保障され、狭義には一時的な外国旅行を意味する、と解されている。

 海外渡航(外国旅行)の自由が憲法上保障されていることについては、今日争いがない。ただ、その根拠規定についての学説・判例は、「憲法第22条第2項説」「憲法第22条第1項説」「憲法第13条説」の3つに分かれる。

 私は憲法学者でもないので、どの説が正しいのかを論じる資格はない。そのうえで現在の私は、日本国憲法第22条第1項は、広く人の移動の自由を含む国内における居住・移転の自由を保障し、同条第2項は、外国旅行及び外国に移住する自由を保障している―と解する学説・判例に賛成する立場だ。

 「渡航の自由」(海外旅行)の憲法論的考察が続いたが、具体的に杉本氏への旅券返納命令の持つ問題点に論及する。

 まず、前提として「旅券とは、渡航許可証の性質を有するものではなく、渡航者と旅券保持者の同一性を公に証明し、滞在国に保護を依頼するために政府が発行する身分証明書」との理解を共通に立論する。

 旅券法第19条は「外務大臣又は領事官は、次に掲げる場合において、旅券を返納させる必要があると認めるときは、旅券の名義人に対して、期限を付けて、旅券の返納を命ずることができる」と定め、第1号から第5号まで該当理由を明記する。

 杉本氏の場合、第4号の「旅券の名義人の生命、身体又は財産の保護のために渡航を中止させる必要があると認められる場合」に該当するとして、外務大臣から旅券返納を命ぜられたのだ。一般旅券返納命令書には「期限内に返納されなかった場合、(旅券は)その効力を失うとともに、旅券法第23条第1項第6号により罰せられる(5年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金)」とも付記されている。

 菅官房長官は、2月9日の記者会見で「返納命令は杉本氏の生命、身体を保護するためだ」「憲法が保障する報道の自由、移動の自由は当然、最大限尊重されるものだ」「その一方で、海外の邦人の安全確保は極めて重要な政府の責務。そうしたことを前提に、ぎりぎりの慎重な検討を行って判断した」などと説明している。

 私は、「イスラム国」による極悪非道な湯川遥菜さん、後藤健二さん虐殺を決して許さない。衆議院における「イスラム国」非難決議の提出者にも名前を連ねた。海外における邦人の生命・身体の安全を守ろうとする政府の姿勢にも一定の理解を寄せる。(ただし、「イスラム国」の人質事件を契機に、安易な自衛隊の救出作戦参加の議論には反対する)

 一方で、危険を省みずに戦争や紛争を報道してきたジャーナリズムの果たす役割と使命も高く評価する。

 ましてや、今回の杉本氏に対する旅券返納命令は、憲法が保障する渡航(海外旅行)の自由、人身の自由、表現・報道の自由、人格形成の自由との関連で、真剣に熟慮する必要があると思う。旅券法第19条第4号の抽象的規定で、憲法第22条第2項の渡航(海外旅行)の自由が損なわれてはならない。

 少なくとも、政府の意向(旅券返納命令)によって、本来自由闊達で国民の知る権利に資するジャーナリズムの精神が毀損され、フリージャーナリストの取材・報道活動が委縮し、制限されるような事態は、この国の民主主義の死を意味する―と警鐘を乱打するものである。

(2015年2月12日 社民党衆議院議員 照屋寛徳)

 

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