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憲法コラム

第172回(9月3日):照屋寛徳 議員

「国会デモ」規制は表現の自由への弾圧だ

【写真】自民党PTの「国会デモ」規制検討を報じる8月29日付(右)と30日付の東京新聞

民意を無視する政権と政権を拒否する沖縄

 去る8月28日、自民党はヘイトスピーチ(憎悪表現)と呼称される人種差別的な街宣活動を検討するプロジェクトチーム(PT)の初会合を党本部で開き、国会周辺での大音量の街宣やデモに対する規制を併せて議論する方針を確認した―とのマスコミ報道が一斉に流れた。

 高市早苗前政調会長(現総務大臣)はPT会合で「(大音響のデモで)仕事にならない状況がある。仕事ができる環境を確保しなければいけない。批判を恐れず、議論を進める」と決意を述べたようだ。(8月28日付東京新聞・夕刊)

 ナー イチデージナタン。(一大事だ)

 「国会デモ」とは、そのほとんどが憲法第16条の請願権に基づく「国会請願デモ」である。自民党PTの「国会デモ」規制検討は、憲法第16条に定める請願権の否定であると同時に、憲法第21条の集会・表現の自由への弾圧にも直結するものだ。断じて許されない。

 憲法第16条は「何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない」と定めている。

 この憲法第16条を受けて請願法(昭和22年3月13日、法律第13号)が制定され、 請願の方式、請願書の提出先、請願の処理などを具体的に規定している。ちなみに、請願法の施行日は日本国憲法施行の日と同日である。そのことからしても、憲法上国民に保障された権利としての請願権の重要さがわかろうというものだ。

 さて、「国会デモ」に話題を戻そう。

 デモとは、英語のデモンストレーション(demonstration)の略語である。日本語訳すると「示威行為」「示威行進」となる。

 デモンストレーションには(1)便利さや性能の良さを見せつけて販売する方法(2)スポーツ大会などで、正式種目以外に行われる競技(公開競技)―などの意味もあるようだ。

 ただ、一般的にデモという場合、抗議や要求の主張を掲げて集会や行進を行い、団結の威力を示すこと(示威行進)―と捉えられている。

 かかるデモ(示威行進)は、憲法第21条1項が「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」と定めているように、表現の自由を根拠とする。民主主義社会で国民に付与された重要な基本的権利だ。

 ここで、私個人の「デモの記憶」と「記憶の中のデモ」を辿ってみたい。

 私が頻繁にデモに参加するようになったのは1964年4月、琉球大学に入学して以降である。当時の沖縄は、「本土」復帰闘争の高揚期にあり、全軍労闘争などの労働運動も盛り上がっていた。米軍人・軍属らによる事件・事故も多発しており、毎日のようにデモに参加していた気がする。

 その頃のデモの形態は、いわゆる「ジグザグデモ」(蛇行進)が主流であった。自分たちの要求や主張を手づくりの木製プラカードに書きつけ、掲示した。デモの際にはスクラムを組み、先頭の者は旗竿を掲げ、角棒を横に構えて「ワッショイ、ワッショイ」の掛け声とともにシュプレヒコールを叫んでいた。

 1960年代の沖縄のデモは、上下二車線全体を使用するのが当たり前だった。デモによる意思表示は、一般の交通に優先する形であったが、車両運転手はじめ歩行者、周辺住民からの苦情はほとんどなかった。「無憲法」下の沖縄で、県民のデモに対する温かい理解があったのは、それが憲法で保障された表現の自由を獲得するための権利行使であったからだろう。

 当時は、主流の「ジグザグデモ」(蛇行進)以外に「渦巻きデモ」「フランスデモ」の形態もあった。

 「フランスデモ」とは、デモ隊がスクラムを組まずに手を繋いで、道路の左右いっぱいに広がって行う示威行進である。1960年の安保闘争で初めて行われたようだ。沖縄でも、たまに「フランスデモ」が行われたが、スクラムを組まない「お手手つないで」のデモでは志気高揚せず、主流にはなり得なかった。

 米軍基地へ向けたデモも多かった。その際には、着剣武装した米兵や軍雇用員のガードと対峙する場面もあり、出発時から緊張したものだ。

 このように1964年以降、毎日のように沖縄におけるデモに参加し、現場を目撃した経験に照らし、1995年7月参議院議員初当選後に経験した「国会デモ」は、「おとなしすぎる」「軟弱でゆるい」示威行進に思えた。あの時に覚えた違和感は今でも変わらない。

 もちろん、デモに“激しさ”ばかりを求めるのは間違っているのだろう。昨今では「ピースウォーク」「ピースパレード」といった形態のデモもある。トラックにアンプ、スピーカーを積み、大音量で音楽を流し、それに合わせて踊りながら行進する形態の「サウンドデモ」もある。

 最近、沖縄でも「サウンドデモ」があり、その時は三味線(サンシン)を弾き、「島唄」が歌われていた。近いうちに「エイサーデモ」が行われるかもしれない。それで良い。デモによって表現する手段、手法は多様にあって良い。

 デモ(示威行進)は、本質的に時の権力者を批判し、社会の不正義・不公平に対する抗議や反対、不満の意思を表明する要素も含んでいる。それ故、政府や政権与党(権力者)は、デモを憲法の国民主権に基づく基本的人権として尊重し、同第21条に定める表現の自由の行使として受け止めなければならない。民主主義社会にあって、デモ=表現の自由は不可欠なものだ。

 当然、人種差別に根差すヘイトスピーチは、明らかな不当・違法行為であり、取り締まらねばならない。だが、それに乗じて「国会デモ」を規制しようというのは大間違いである。ヘイトスピーチ対策とデモ規制を同列に論ずるのは筋違いも甚だしい。

 自民党PTで高市前政調会長は「(大音響のデモで)仕事にならない状況がある。仕事ができる環境を確保しなければいけない」などと述べたようだが、私はそのように感じたことはない。どうやら自民党国会議員の中には、デモに対して過敏で「特殊な感覚」の持ち主がいるようだ。

 思い出した。2013年11月29日付の石破茂自民党前幹事長(現地方創生担当大臣)のブログに、当時参議院で審議中だった最たる悪法・特定秘密保護法に関連し、市民らの国会周辺における反対デモを「単なる絶叫戦術はテロ行為とその本質においてあまり変わらない」と批判していたことを。

 その時の石破前幹事長は、デモとテロを同一視した自身のブログ発言に国民から猛反発を受け、渋々「テロと本質的に変わらない」と記した部分を削除した。だが、真剣な反省や謝罪もなく、開き直った態度に終始した。

 今回、自民党PTは「国会デモ」を規制して言論統制を図り、表現の自由を弾圧せんと挙党態勢で臨んでくるようだ。民主主義に対する宣戦布告だ!

 ここまで書き綴って社民党ホームページに掲載直前だった9月1日の晩、自民党高市前政調会長が「デモに新たな厳しい規制を設ける法的措置は考えていない」との談話を発表した。(9月2日付毎日新聞)

 国民の批判を恐れたのだろう。だが、まだまだ安心はできない。追及の手を緩めるわけにはいかない。

(2014年9月3日 社民党衆議院議員 照屋寛徳)

 

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