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憲法コラム

第166回(7月16日):照屋寛徳 議員

ヘイトスピーチは人種差別であり、法の保護に価しない

【写真】大阪高裁判決

ヘイトスピーチは人種差別であり、法の保護に価しない

 ヘイトスピーチとは、人種、民族、宗教上のマイノリティ(少数者)に対し敵対意識を持ち、憎しみを煽る差別的表現を指す。「憎悪表現」「差別扇動」などと訳されるが、私はレイシズム(人種差別)に基づくヘイトスピーチ(憎悪表現)として厳しく処すべきだ、と考える立場である。

 「在日特権を許さない市民の会」(在特会)などが、在日韓国・朝鮮人が多く住む東京・新大久保や大阪・鶴橋でヘイトスピーチと呼ばれる人種差別的な街宣行動を繰り返し、顰蹙(ひんしゅく)を買っている。

 ヘイトスピーチは在日韓国・朝鮮人だけでなく、昨年1月27日に上京したオスプレイ配備に反対するオール沖縄の「建白書」直訴行動団にも浴びせられた。「ゴキブリ」「ウジ虫」「日本から出ていけ」「スパイ」「売国奴」などの罵声は、ウチナーンチュの尊厳と人格を否定するものであった。(私自身が直に見聞した)

 私は、昨年10月15日の憲法コラムに「ヘイトスピーチは『人種差別で違法』との判決考察」と題する一文で、朝鮮学校を経営する京都朝鮮学園が在特会や在特会メンバーら9人の個人を被告にした「街頭宣伝差止め等請求事件」の京都地裁判決について書き記した。

 私は、その一文の中で次のように記述した。

 「『京都地裁判決』言渡しの報道に接し、快哉の声を挙げ、この判決が過激化するヘイトスピーチを防ぎ、寛容であるべき日本社会を破滅させるヘイトスピーチをなくす司法判断として定着することを願った。

 『京都地裁判決』要旨や判決文正本コピーを関係者から入手し、精読した。『京都地裁判決』は、その事実認定、法律の適用と評価、証拠の採否など、弁護士生活42年目の私が読んでも、丁寧かつ緻密であり被告在特会らが控訴したようであるが、控訴審で逆転する事はあるまい、との判断に至った」―と。

 私の予測は見事に的中した。弁護士としての感覚、分析力は錆び付いていなかったのである。

 去る7月8日、大阪高裁第12民事部(森宏司裁判長)は、一審京都地裁判決に対する在特会らの控訴を全面的に棄却する判決を言い渡した。

 大阪高裁も京都地裁と同様に、在特会らのヘイトスピーチによる京都学園に対する街宣行動を厳しく断罪したのである。

 早速、関係者から大阪高裁判決文正本コピーを入手し、精読した。私なりに大阪高裁判決を分析した所感を述べてみる。

 日本には、今現在ヘイトスピーチに刑事罰を科す法規制はない。他方、ドイツでは刑法に「民衆扇動罪」があり、公然とナチズムを賛美する発言やヘイトスピーチは刑事罰の対象となる。イギリスでは「公共秩序法」で、肌の色や国籍、民族的な出身でまとまる集団への憎悪を生じさせる言動や行為を犯罪として定めているようだ。

 日本でもヘイトスピーチが悪質化する中で、深刻な被害が発生しており、刑事罰をもって規制すべきだ、との声もある。

 だが、憲法21条に定める言論や表現の自由との関係に立脚すれば、性急な厳罰を求めるだけでは問題は解決しない。かといって、在特会らのヘイトスピーチを放っておいてもいけない。

 日本も加盟する国連の人種差別撤廃条約は、差別の扇動を禁ずる法整備を加盟国に求めており、日本の現状は国際社会から強く批判されているのも事実だ。

 国会でも超党派の議員による「人種差別撤廃基本法を求める議員連盟」が結成され、私も会員である。略称「人種差別撤廃議連」は、その目的を「本会は、ヘイトスピーチ(差別扇動)の根底にある人種差別を解消するため、人種差別撤廃基本法の法制化を目指し、差別のない社会を実現することを目的として活動する」と謳っている。

 さて、本題に戻ろう。

 在特会らのヘイトスピーチに対し、人種差別撤廃条約を根拠に損害賠償を求めることについて、大阪高裁判決は次のように判示する。(私の責任で概略引用する)

 「人種差別撤廃条約は、国家の国際責任を規定するとともに、憲法13条、14条1項と同様、公権力と個人との関係を規律するものである。私人相互の関係を規律するものではない。

 一般に私人の表現行為は憲法21条1項の表現の自由として保障されるものであるが、私人間において一定の集団に属する者の全体に対する人種差別的な発言が行われた場合には、上記発言が、憲法13条、14条1項や人種差別撤廃条約の趣旨に照らし、合理的理由を欠き、社会的に許容し得る範囲を超えて、他人の法的利益を侵害すると認められるときは、民法709条にいう『他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した』との要件を満たすと解すべきであり、これによって生じた損害を加害者に賠償させることを通じて、人種差別撤廃条約の趣旨を私人間においても実現すべきものである」―と。実に、論旨明瞭だ。

 かかる考えに基づき、大阪高裁判決は、原告(被控訴人)京都朝鮮学園について「民族教育を軸に据えた学校教育を実施する場として社会的評価が形成されている」と判断した。

 弁護団コメントにもあるように「朝鮮学校における民族教育事業が法的に保護すべき貴重なものであることをより明確にした」。

 また、大阪高裁判決は、在特会らが街宣行動で叫ぶ「ウジ虫」「ゴキブリ」「朝鮮半島へ帰れ」などの発言を、「これらは在日朝鮮人を嫌悪・蔑視するものであって、その内容は下品かつ低俗というほかない」と指弾し、手厳しい。

 在特会らが裁判の中で主張した、応酬的言論の法理による免責の求めに対しても、「免責される余地はない」と棄却した。

 在特会の皆さん、大阪高裁判決を真摯に受け止め、上告という悪足掻きは止めて観念したらどうだ。人種差別的ヘイトスピーチをやめて、互いに寛容の心をもって仲良く生きていこうよ。

 

(2014年7月17日 社民党衆議院議員 照屋寛徳)

 

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