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憲法コラム

第164回(7月8日):照屋寛徳 議員

自主規制の名による俳句弾圧と表現の自由

【写真】『ランドセル俳人の五・七・五 いじめられ行きたし行けぬ春の雨――11歳、不登校の少年。生きる希望は俳句を詠むこと』(ブックマン社、小林 凜・著)
http://bookman.co.jp/shop/essay/9784893087997/

ランドセル俳人の五・七・五 いじめられ行きたし行けぬ春の雨

 小林凛の俳号で知られる「天才俳人」の句集『ランドセル俳人の五・七・五』を発売とほぼ同時に読んだときの感動と感激は、相当のものであった。

 たまに幼稚で下手くそな俳句を詠んでは、一人ほくそ笑むしかない私にとって、944gで出生し、小学校入学と同時に壮絶ないじめに遭い、教師の理解も得られずに不登校という選択をした俳人・小林凛の登場(存在)は、余りにも眩しかった。

 学校でいじめに遭い、不登校を選択した「天才俳人」小林凛が、たしか小学3年生のときに詠んだ句が「いじめられ 行きたし行けぬ 春の雨」である。

 小学校という教育現場で、同学年の児童や教師から尊厳が破壊されかねない程のいじめに遭った少年は、母や祖母の温かい協力を得て、句集『ランドセル俳人の五・七・五』に収められた秀句を詠み、俳句に生きる意味を見出して立派に成長するのである。

 小林凛の俳句の持つ力に比べると、最近の都議会や国会における自民党議員による女性の人権を否定し、差別視する下品なヤジ、政務調査費の不正を質されて泣き喚いた「号泣県議」ら政治家の放つ言葉の力など、限りなくゼロに近い。嗚呼、情けなく悲しい。

 さて、本題に入ることにする。

 冒頭、長々と「天才俳人」小林凛に触れたのは、7月4日付の東京新聞で、さいたま市大宮区の三橋公民館が毎月発行している「公民館だより」から俳句欄を削除した、との記事を読んだからである。

 大宮区に住む句の作者である女性(73歳)は去る6月上旬、東京銀座に出かけた折、女性たちのデモを見かけた。デモには、ベビーカーを押す母親やお年寄りが参加しており、安倍内閣が積極推進する憲法解釈の変更による集団的自衛権行使容認(解釈改憲)に反対する意思表示をしていたようだ。

 4歳の時に東京大空襲に遭遇し、入院していた病院で生死を分かつ体験をした女性は「日本が『戦争できる国』になりつつある。私も今、声を上げないと」との思いで、咄嗟にデモ行進の列に加わったという。

 その際に女性が詠んだ句が「梅雨空に 『9条守れ』の 女性デモ」である。

 女性が通う俳句教室では、会員約20人が詠んだ俳句の中から互選で1句を選び、大宮区の三橋公民館が毎月発行している「公民館だより」の俳句欄に掲載してきた。

 ところが、6月25日に公民館側から教室側に「掲載できない」との電話があった。教室側が「おかしい」と異議を伝えると、翌26日に公民館長から「意見が二つに割れている問題で、一方の意見だけを載せるわけにはいかない。7月号は俳句欄を削除する」と通告されたらしい。(7月4日付「東京新聞」朝刊)

 東京新聞の取材に対し、公民館を管轄する市生涯学習総合センターの小川栄一副館長は「この句が市の考えだと誤解を招いてはいけない。公民館の判断は妥当だ」との見解を示している。

 でたらめ極まりない、詭弁だ。聞いて呆れる。当然、掲載された俳句には作者の名前も載る。その句を読んで、市の考えだと誤解する市民は誰一人おるまい。

 一方、全国9条の会事務局長の小森陽一東京大教授は「この句だけを掲載しなかったのは、表現の自由を保障した憲法21条に違反する」と批判するコメントを出している。

 おそらく、大宮区の三橋公民館は解釈改憲へと暴走し、憲法クーデターへと決起する安倍内閣の意向を忖度して、自主規制という美名による表現の自由弾圧に走ったのだろう。

 日本国憲法第21条は、次のように定めている。

@ 集会、結社及び言論、出版その他集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

A 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

 憲法21条が保障する集会、結社、言論、出版など一切の表現の自由は、民主主義と国民主権の根幹である。憲法21条が自主規制という名の公権力行使によって制限され、弾圧されるとき、民主社会は一挙に崩壊し、言論統制のファッショ的暗黒社会の再来となる。

 7月4日付の東京新聞に、新俳句人連盟副会長の石川貞夫氏が次のように語っている。

 「戦時中に戦争に批判的な俳人が治安維持法違反で投獄された俳句弾圧事件があり、今回の問題は、将来の言論弾圧を招く『卵』のような出来事だ。軽く見ることはできない。俳句は花鳥風月だけでなく、社会問題を積極的に表現する作品もある。掲載拒否の作品は情景を素直な気持ちで描写しており、公民館は神経質になりすぎている。俳句教室が選んだ句を尊重するべきだった」―と。

 石川貞夫氏の前記コメントを読んで、私なりに調べてみた。その結果、歴史的な「俳句弾圧事件」をいくつも見つけ、絶句した。

 1940年2月14日から8月13日までの三次にわたる「京大俳句弾圧事件」、1943年6月3日に俳句同人誌「きりしま」の同人が検挙された「きりしま事件」など、俳句誌や俳人に対する新興俳句弾圧事件(昭和俳句弾圧事件ともいう)の多さに驚愕した。

 これらの新興俳句弾圧事件では、「厭戦」「反皇室」「共産主義賛美」など特高警察の担当者が判断した句を掲載した同人誌や俳人が、次々に治安維持法違反や不敬罪で摘発されたようだ。秋の季語である「菊枯れる」「枯れ菊」を「皇室の衰退」とこじつけて検挙した事例もあるという。

 たとえば、有名な「きりしま」弾圧事件では、鹿児島日報(現南日本新聞)の記者2名、販売員1名をはじめとする総勢37名が鹿児島県警察部特高課に治安維持法違反並びに不敬罪で検挙され、記者2名は起訴猶予、販売員は懲役2年・執行猶予4年の有罪判決を受けている。

 当時、鹿児島県警察部特高課長だった奥野誠亮は、@ 食糧難から馬肉を食す心境を綴った句が「厭戦的」である、A 南国花である椿の赤色の見事さを賛美した句が「共産主義の肯定」である―との理由から同人が共産主義者であると断定し、検挙に踏み切った。

 一連の俳句弾圧事件は、本当に恐ろしい。

 かつての特高課長・奥野誠亮(奈良県出身、旧内務官僚、靖国神社に参拝する国会議員の会初代会長・自民党)的判断に従えば、「アンコ椿は恋の花」を歌った歌手・都はるみは共産主義者と認定される。

 「天才俳人」小林凛の句集に触発され、米軍嘉手納基地の殺人的爆音を「三線(さんしん)の 調べ掻き消す 爆音禍」と詠んだ「てるやかんとく」も“日米両政府批判罪”で逮捕・投獄され、重刑に処せられることになるらしい。くわばらくわばら・・・

(2014年7月8日 社民党衆議院議員 照屋寛徳)

 

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