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憲法コラム

第160回(6月12日):照屋寛徳 議員

集団的自衛権行使容認は「正直な嘘つき」の詭弁

照屋寛徳

 6月10日付の新聞各紙は、集団的自衛権の行使容認をする憲法解釈変更の閣議決定原案を一斉に報道している。

 憲法解釈の変更による集団的自衛権行使容認(解釈改憲)へと前のめり気味に暴走し続ける安倍総理は、今国会中(会期末は6月22日)の閣議決定を急ぐよう大号令を発している。安倍総理は、当初の「期限を付さない与党内の議論」発言を翻し、早期の与党協議決着と会期内の閣議決定を目指す方針へと急転換した。

 どうやら、改憲に執念を燃やす「慈悲深い独裁者」「本物のニセモノ」の安倍総理が、立憲主義を破壊する気分の高揚に酔ってしまったらしい。

 安倍総理の大号令を受けて、政府・自民党は、来る13日の与党協議で閣議決定の原案を示し、今国会会期中の閣議決定を目指す方針を明確にした。今のところ公明党は、閣議決定の原案の協議に入ることに難色を示している。

 6月10日の与党協議では、政府が集団的自衛権の行使容認が必要だとする8事例について、初めて本格的議論を展開したようだ。テレビ、新聞報道によると、個別的自衛権や警察権で対応できると主張する公明党と、集団的自衛権でなければ対応できないという自民党の主張は、激論のまま平行線を辿ったままである。

 このように与党内の議論も始まったばかりで生煮え状態だし、「熟議」の国会における議論も不十分だ。それでも安倍総理は、一気呵成に閣議決定に持ち込もうとしている。まさに「赤信号 そんなに急いで どこへ行く」だ。

 この憲法コラムを一気に書き上げ、推敲のうえ出稿直前の6月12日付朝刊各紙を読んで、一瞬迷っている。

 6月11日の党首討論で、安倍総理が今国会中の閣議決定を明言したのに対し、公明党は「まだ議論すべき点は多く残されている」と難色を示し、13日の与党協議の場で政府原案を配り、検討に入りたいとの自民党の申し入れを拒否した―との報道がある。(朝日新聞)

 一方、1972年の政府見解を援用して「国民の権利を根底から覆す」事態に限って、集団的自衛権の一部行使容認を公明党が認めた――との報道もある。(毎日新聞)

 私には報道の真偽は分からないが、閣議決定をめぐって自民党・公明党の攻防が激化していることは間違いないようだ。

 さて、主題の集団的自衛権行使の「限定容認論」を最初に言い出したのは、高村正彦自民党副総裁である。「安全保障法制の整備に関する与党協議会」の座長であり、弁護士でもある高村氏は、1959年の砂川事件最高裁判決を根拠に「最高裁は個別的、集団的の区別をせずに必要最小限度の自衛権を認めている」「日本国憲法は集団的自衛権を限定的に容認しており、その行使は憲法に反しない」などと持論を展開している。今や高村氏が主張する「限定容認論」は、自民党内だけでなく、改憲補完勢力の一部野党を含めて主流になっている感がある。

 私は、高村氏も一緒に出演した4月13日と6月8日の各党代表者らによるNHK「日曜討論」において、あらまし次のように述べて「限定容認論」を強く批判した。

 (1)砂川事件最高裁判決は、旧安保条約下で在日米軍駐留の合憲性を認定したもので、わが国の憲法上の集団的自衛権を認めたものではない。(2)集団的自衛権行使容認は、憲法9条を無効化するだけでなく、憲法を丸ごと破壊するものだ。ましてや、憲法解釈変更の閣議決定でそれをやるのは立憲主義に反する暴挙だ―と。

 他方、6月10日付の新聞各紙が報じた、前日の9日に判明したという集団的自衛権行使容認に関する閣議決定の政府原案の内容は、大概次のようなものになるらしい。

 (1)自民党から「行使容認の根拠」と主張があった砂川事件最高裁判決は、根拠として採用しない。(公明党からも砂川事件最高裁判決は個別的自衛権を認めたものだ、との批判があったことを考慮したか?)(2)1972年に田中角栄内閣が示した「(憲法は)自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛の措置を禁じていない」との政府見解を根拠とする――。

 これらの方針は、歴代政権が過去40年以上にわたって確立してきた「集団的自衛権の行使は認められない」との憲法9条の解釈を、安倍内閣の一方的な解釈でだけで変更し、行使容認へと踏み出すものだ。

 私も閣議決定の政府原案報道に接して、早速1972年の政府見解を引っ張り出して読み直した。そのうえで、声を大にして結論を言う。1972年の政府見解を集団的自衛権行使容認の根拠にするのは大間違いだ!政府見解の意図的な曲解であり、詭弁そのものだ!

 なぜなら、1972年の政府見解は「わが憲法の下で武力行使を行うことが許されるのは、わが国に対する急迫、不正の侵害に対処する場合に限られるのであって、したがって、他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とするいわゆる集団的自衛権の行使は、憲法上許されないといわざるを得ない」と結んでいるのである。

 6月11日付の毎日新聞社説でも「憲法解釈の一部をつまみ食いして都合よく解釈し直しており、理屈が通っていない」「政府見解を根拠としながら、結論だけを全く逆のものにひっくり返している」などと厳しく指摘している。

 私に言わせると、安倍総理や自民党及びその補完勢力の改憲論者らは「ユクサー」(嘘つき)だ。「憲法泥棒」だ。騙されてはいけない。

 そもそも、集団的自衛権の行使概念に「限定的」「必要最小限」「戦闘地域、非戦闘地域」などあり得ない。あるのは、自衛隊員が「地球の裏側」まで出かけ、米軍と一緒になって外国で人を殺し、殺される現実だけだ。

 「立憲デモクラシーの会」に集う学者らが声明を発表し、これらの概念を弄ぶ輩どもを「正直な嘘つき」との語義矛盾の表現で鋭く一刀両断する。痛快だねー。

 「慈悲深い圧政」を多くの国民に強いる「正直な嘘つき」の安倍総理や自民党の集団的自衛権行使容認の企みを許してはならない。

(2014年6月12日 社民党衆議院議員 照屋寛徳)

 

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