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憲法コラム

第156回(5月14日):照屋寛徳 議員

砂川事件最高裁判決と集団的自衛権

【画像】砂川事件を担当した松本一郎・元裁判官(4月29日付沖縄タイムス1面)

砂川事件を担当した松本一郎・元裁判官(4月29日付沖縄タイムス1面)

 最近、集団的自衛権行使容認との関係で、砂川事件最高裁判決が俄然脚光を浴びている。

 いわゆる砂川事件とは、1957年7月、東京都砂川町(現立川市)にある米軍立川基地拡張のための測量強行に反対し、その際、阻止のデモ隊の一部が柵を壊して米軍基地内に立ち入った、として学生や労組員ら23人が逮捕され、うち7人が「日米安保条約に基づく刑事特別法違反」で起訴された事件である。

 一審東京地裁(裁判長伊達秋雄)は、1959年3月、「駐留米軍は、憲法第9条が禁じた戦力の保持に当たり違憲」と判示し、無罪判決を言い渡した(有名な「伊達判決」)。

 砂川事件の一審無罪判決に対し、検察は異例の跳躍上告(刑事訴訟法第406条)をやり、最高裁判所は1959年12月、全裁判官一致で「原判決破棄・差し戻し」判決を言い渡したのである(砂川事件最高裁判決)。

 結局、差し戻し審では7人の被告人に対し、罰金2,000円の有罪が言渡され確定した。

 昨今、安倍総理と自民党は明文改憲ではなく、憲法解釈の変更による集団的自衛権行使容認(解釈改憲)へと突っ走っている。一部野党の改憲勢力(自民党の補完勢力)の中にも、このような安倍総理の解釈改憲に同調し、集団的自衛権行使を容認し、安倍政権の暴走に一緒に伴走するものもおる。

 その安倍政権や自民党・一部野党の改憲勢力が集団的自衛権行使容認の論拠にするのが、先述の1959年12月の砂川事件最高裁判決である。

 果たして、砂川事件最高裁判決は集団的自衛権行使容認の論拠になりうるのか、私なりに考察してみたい。

 私は、去る4月13日、NHK「日曜討論」の「どうする日本の安全保障――集団的自衛権について――」の各党討論会で、次のように言い切った。

 「砂川事件最高裁判決を縦から、横から、斜めから、どこから読んでも集団的自衛権を認めていない。砂川事件最高裁判決を根拠に集団的自衛権行使容認が可能だ、と主張するのは間違いだ」――と。

 私に言わせると、砂川事件最高裁判決を集団的自衛権行使容認の論拠にするのは、余りにも暴論、こじつ、牽強付会であり絶対に承服できない、と言わざるを得ない。

 砂川事件の最大の争点は、在日駐留米軍が憲法第9条の禁ずる「戦力」にあたるかどうかであった。その結果、在日駐留米軍は戦力に当たるとして違憲(無罪)判決を言い渡したのが「伊達判決」であったのだ。

 「伊達判決」に対し、検察が高裁への控訴を飛び越えて、刑訴法第406条に基づく異例な跳躍上告をした事は先述の通りである。

 実は、砂川事件伊達判決については、当時の田中耕太郎・最高裁長官と米国のマッカーサー二世大使やレンハート公使らが伊達判決を覆すために密談を重ねていたことが、米国公文書館の国務省文書開示により明らかになった。

 田中耕太郎最高裁長官自らが、司法の独立を放棄し、アメリカとの密約で裁判所の評議の秘密を予め暴露し、そのとおり実行して伊達判決を「破棄・差し戻し」にしたのである。

 その点において、砂川事件最高裁判決は、裁判の名に値しない「三文猿芝居」以下である。現在、元被告やその遺児ら3人が免訴を求めて再審請求の動きがあるのは、正当な権利主張だと考える。

 砂川事件最高裁判決を集団的自衛権行使限定容認論の根拠としての言い出しっぺは、自民党副総裁の高村正彦氏である。高村氏がマスコミで語る論拠は、砂川事件最高裁判決要旨の次の判示部分が主である。

 「わが国が、自国の平和と安全とを維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置を執り得ることは、国家固有の権能の行使であつて、憲法は何らこれを禁止するものではない。」

 素直に読めばこの判決要旨をもって、わが国の集団的自衛権行使も憲法上容認されるとするのは暴論、こじつけであることが分かる。

 ここで伊達判決の当事者の声に謙虚に耳を傾けてみよう。

 一審東京地裁で砂川事件を担当した元裁判官の松本一郎氏(獨協大名誉教授)は「自衛隊は54年に発足したばかりで、よちよち歩き。米軍を守るといった集団的自衛権は議論にもならなかったし、自衛権と言えば個別的自衛権であった。」

 「今になって(砂川事件最高裁判決を)援用するのは牽強付会だ。(田中長官の)補足意見は個人的見解にすぎず、論拠とするには無理がある。」

 「必要なら、解釈変更に逃げずに、時間がかかっても憲法改正に取り組むべきだ」などと、至極真っ当で手厳しい(5月10日付琉球新報)。

 一方、砂川事件で弁護を担当した弁護団も、去る5月9日に記者会見し、声明を発表している。

 記者会見で新井章弁護士は「判決は個別的自衛権の話で、他国の安全が脅かされるときに日本が仲間として立ち上がれるかどうかは取り上げていない」と指摘。山本博弁護士も「憲法改正が難しいので解釈でなし崩しにしようとしている。自分たちの意見を通すために関係ない最高裁判決を持ち出すのは邪道だ」と述べている(前掲琉球新報)。

 最後に渋谷秀樹氏(立教大学院法務研究科教授・憲法学)のこの問題についての説を紹介する。

 「現在の政府は国連憲章に照らして『日本が主権国家である以上、集団的自衛権を有していることは当然だ』と言いますが、不正確です。『国連憲章に規定はあるが、憲法は必要最小限度の自衛権、つまり個別的自衛権の行使しか認めていない。憲法が認めていない以上、集団的自衛権が無いのは当然だ』と言うべきです」(4月20日付東京新聞)。全くその通りだ。論旨明確である。

 私は声を大にして言いたい。安倍総理や改憲勢力の国会議員らの白を黒と言いくるめる、口先三寸のこじつけ論法に騙されないようにしよう。

(2014年5月14日 社民党衆議院議員 照屋寛徳)

 

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