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憲法コラム

第153回(4月16日):照屋寛徳 議員

「自民党は単細胞政党になった」(河野洋平元自民党総裁の嘆き)

【写真】2014年4月13日NHK「日曜討論」より

「日曜討論」照屋寛徳

 河野洋平氏は、内閣官房長官、自民党総裁、外務大臣、衆議院議長などの要職を歴任した政界保守良識派の重鎮である。

 私は、2003年衆議院議員に初当選いらい、河野氏が政界を引退されるまで、信頼と尊敬の念をもってその謦咳に接してきた。強い意志力を内に秘めながらも、常に笑みを浮かべ、後輩議員にも柔和に接しておられたことを思い出す。

 その河野氏が雑誌『世界』5月号で「平和への決意を再確認せよ」と題してインタビューに応じている。私は、雑誌『世界』5月号掲載のインタビュー記事を何度も読んで感動した。是非、皆さんもご一読願いたい。今日は、河野氏のインタビュー記事全部について論評することは、紙幅の都合上困難につき、その一部について論評することとしよう。照屋流「読書感想文」的論評だ。

 先ず、憲法解釈の変更による集団的自衛権行使容認問題について、河野氏は、次のように語っている。

 「(安倍内閣は閣議決定で憲法解釈を変え、集団的自衛権行使容認を打ち出しているが)集団的自衛権の行使ができないということは、憲法9条と自衛隊の関係や、わが国の平和主義をめぐり、これまで政治家が真剣な議論を繰り返す中で定着してきた憲法解釈であり、70年近く続いた日本の戦後を支えてきた基本的な考え方です」

 「これからの国と国民の運命をも変えかねない重大な憲法上の解釈変更を、閣議決定一つで(たった19人の閣僚で)行おうということは、まさに驚くべき発想です」

 「集団的自衛権の行使を認めるということは、現在の憲法が拠って立ってきた平和への国民の決意を、武器をとって戦争するという決意に変えるということを意味します」――と。

 私は、河野氏の憲法解釈の変更による集団的自衛権行使容認(解釈改憲)反対論を異議なく支持するものである。私の従来からの反対論とも完全に一致する。喝采を送りたいものだ。

 河野氏は、最近自民党内で急浮上している集団的自衛権「限定容認論」については、一切触れていない。インタビュアーの問いにもないので、恐らく雑誌『世界』の発行時期との関連事情があったに違いない。

 私は、去る4月13日のNHK「日曜討論」で、自民党を中心とする「限定容認論」者らが、その論拠にしている砂川事件最高裁判決は集団的自衛権を判示したものではない、と強く批判した。現に砂川事件最高裁判決後も歴代政権は、憲法9条の下で集団的自衛権の行使は認められない、と国会答弁を繰り返してきたのである。

 雑誌のインタビューで聞かれれば、河野氏はもっと強く、緻密に「限定容認論」反対をを展開していたに違いない。

 次に、去る4月1日の閣議で決定された「防衛装備移転三原則」について、河野氏は次のように述べている。

 「日本の平和主義は、ただ憲法の中に9条などの条文として書かれているだけでなく、その条文のもとに多くの政策や法律が具現化されてきたのです。その代表的なものが非核三原則や武器輸出三原則にほかなりません」

 私もその通りだと思っている。武器輸出三原則は非核三原則(核をつくらず、持たず、持ち込ませず)と並んで平和憲法を持つ、平和国家日本の国是である。

 ところが、「防衛装備移転三原則」は、「武器」を「防衛装備品」と誤魔化し、武器の海外輸出を「原則禁止」から「原則解禁(容認)」へと転換するものである、と断ぜざるを得ない。

 河野氏は、言葉を継いで更に論を展開する。

 「なぜ日本が武器輸出を禁じてきたのか。言うまでもなく、それによって国際紛争を助長するようなことは、日本国民が選びとった平和国家としての歩み方に反するからです」

 「私は、日本で、日本人が生産した武器が、他国において人間の生命を奪うようなことがあっては絶対にいけない、日本が平和国家として歩んでいくのであれば、今さら『死の商人』の仲間入りなどしてはならないと声を大にして言いたいのです」――と。

 その通りだ。「防衛装備移転三原則」は、日本が「死の商人」となり、日本製の武器が戦争や紛争で使われ、人を殺傷する道具となることである。そのうえ、日本でもアメリカのように軍需産業が政治経済を支配する「軍産複合体」が構築されることの布石となろう。

 雑誌『世界』5月号における河野氏のインタビューは、「浅薄な政治改革論議の影響」「軍拡スパイラルではなく共存共栄を」「オリンピックの準備で何が大切か」「孤立すすむ日本の状況」のテーマと続き、最後に「『単細胞政党』にはなるな」で終わっている。

 河野氏は、現在の自民党国会議員の中で、安倍内閣の政策展開に異論が出てこない背景や集団的自衛権問題をめぐって発言が出てこない理由について、次のように語っている。

 「やはり、一つの選挙区から一人しか選ばれない小選挙区制度のもとで、自民党に多様な意見が存在しなくなってしまっていることが背景にあると思います」

 「うーん」と唸る。河野氏は、政治改革論議の中で小選挙区制を導入した中心的人物の一人である。その河野氏が、今では小選挙区制の弊害を言い、小選挙区制導入によって日本の政治が著しく劣化した、と主張するのだ。傾聴に値するではないか。

 河野氏は、インタビューの最後を次のように結んでいる。

 「現在の自民党は、議員の数は多いのですが、意見の多様性に乏しい、単細胞の政党になってしまっています」

 単細胞総理に単細胞政党か。元自民党総裁、元衆議院議長としての河野氏の言葉は重たい。まさに、良質の保守、良識的保守の嘆きと護憲と平和主義への思いがこもった言葉だ、と感じ入った次第である。

(2014年4月16日 社民党衆議院議員 照屋寛徳)

 

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