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憲法コラム

第147回(2月24日):照屋寛徳 議員

保守政治家の良識と知恵、そして護憲論

【写真】暴走する安倍総理(2月21日付朝日新聞=右)を痛烈に批判する阪田元内閣法制局長官(2月21日付東京新聞=左上)と野中元自民党幹事長(2月20日付東京新聞=左下)

暴走する安倍総理(2月21日付朝日新聞=右)を痛烈に批判する阪田元内閣法制局長官(2月21日付東京新聞=左上)と野中元自民党幹事長(2月20日付東京新聞=左下)

 憲法解釈の変更による集団的自衛権行使容認(解釈改憲)に向けての安倍総理の暴走が止まる気配がない。暴走に次ぐ暴走を重ねている、と先に憲法リレーコラム欄で批判した。

 2月21日付の朝刊各紙は、その様子を次のような大見出しを付して報道している。

 朝日新聞は、「集団的自衛権 走る首相」「憲法解釈変更『閣議決定で』」(1面)、「首相、危うい独走」「集団的自衛権答弁 与党も懸念」「『閣議決定』に憤り」「海外、厳しい目」として「『米は後悔』 英紙」、「解釈改憲を批判 米紙」(2面「時々刻々」)。

 東京新聞は、「集団的自衛権 解釈改憲 首相『閣議優先』」「立法の存在 形骸化」(1面)。

 毎日新聞は、「『解釈変更 閣議決定で』 集団的自衛権 行使巡り首相表明」(5面)。

 読売新聞は、「首相、解釈見直しに自信」「内閣法制局中心に議論」(2面)、社説で「集団的自衛権 憲法解釈に問題ない」などと安倍総理を弁護する論陣を張っている。

 2月21日付の新聞各紙の報道は、いずれも2月20日の衆議院予算委員会における自民党岩屋毅、民主党岡田克也両議員との、憲法解釈変更による集団的自衛権行使容認問題についての質疑応答に基づくものである。

 新聞各紙の報道記事と合わせて、衆議院予算委員会速記録(議事速報)を読んだ。(なお、確定版の議事録は、衆議院のホームページ(http://www.shugiin.go.jp)に掲載されますので、是非ご一読下さい。)

 私は、去る2月17日の社民党ホームページの憲法リレーコラムで、「『朕は国家なり』(ルイ14世)と『朕は憲法なり』(安倍総理)」と題し、「安倍総理は、『朕は憲法なり』と言わんばかりに、憲法が『国家を縛る鎖』であること、近代国家は憲法によって国家を律して政治を行う立憲主義に基づいていることなどを忘れて、憲法解釈も自分が責任を持って決められるものと考えているのだ」と批判した。

 私も呼びかけ人の一人に名を連ねている「集団的自衛権を考える超党派の議員と市民の勉強会」は、2月20日、元内閣法制局長官・弁護士阪田雅裕氏を講師に招き、院内で講演会をおこなった。

 講演の中で阪田氏は、安倍総理が集団的自衛権の行使を認める憲法解釈の変更を目指していることを「大変不当だ。法治国家の大原則に違反する」と強く批判した。

 阪田氏は、集団的自衛権の行使を認めれば「少なくとも憲法9条は意味がなくなる。国のかたちが大きく変わる。自衛隊が海外に行って戦争ができるようになる」と指摘した。

 また、改憲派から9条は時代遅れとの声が出ていることには「法治国家では、法律が時代遅れになれば改正する。なぜ憲法だけ解釈変更していいのか。そんなことが許されるなら立法府はいらない」と手厳しく批判した(2月21日付東京新聞)。

 私は阪田氏の意見に全面的に賛成だ。当日配られた阪田氏の講演レジメには、「9条の解釈変更はなぜ許されないか」との項目で、(1) 正当な法理論の有無(政策の当否とは異次元)、(2) 9条の空文化(規範性の喪失)、(3) 立憲主義と法の支配の否定、(4) 国会での議論の積み重ね(議会制民主主義の意味)、(5) デュープロセス(正規の改正手続)の存在、が記されていた。項目を読んだだけでも、阪田氏の立論がわかる気がするではないか。

 さて、安倍総理の解釈改憲による集団的自衛権行使容認との関連最近で注目したのは、元自民党幹事長野中広務氏の発言である。

 野中氏の護憲論については、“心友”で尊敬する評論家佐高信の名著『この人たちの日本国憲法――宮澤喜一から吉永小百合まで――』(光文社)が詳しい。革新派も保守派も必読の憲法関連本だ。この本は、10人の「護憲派列伝」をまとめたものだが、登場者の多くは保守派である。著者の佐高氏は、本書の中で「いわゆる革新派だけで護憲を叫んできたのではない。保守の中にも、いや、保守の中にこそ、断固として改憲に『待った』をかけた人がいる。」と書いている。野中氏の言説に触れると、その事が良く理解できる。

 その野中氏が2月19日の参議院「国の統治機構に関する調査会」で、議院内閣制の在り方、安倍総理の政権運営等について、参考人として意見を述べ、委員との質疑応答を行っている。早速、未定稿の速記録を取り寄せ、熟読玩味した。

 野中氏は、調査会で民主党の風間直樹議員に、内閣法制局の権能と安倍総理の憲法解釈変更による集団的自衛権行使容認発言について問われ、次のように答えている。

 「……法制局の長官をお替えになって、内閣の方針に従うような答弁をしてくれるであろう法制局長官を新しく外部からお迎えになったわけでございますが、不幸にもその長官が入院をされたという事態が出ましたら、今度は総理自らが、この答弁が自分の答弁として最高のものであり、法制局長官がやるべきものでないという、こういう変わり方に変わってきたというのは、非常に法の下で、憲法の下で行う内閣のトップにある方の変わり方としては、非常に表現は悪いけれども、せこいやり方であり、非常に基本を間違ったやり方であると、このように存じておる次第であります」(参議院「国の統治機構に関する調査会」速記録・未定稿)。

 野中氏の言い回しは、非常に丁寧だが、辛辣だ。“寸鉄人を刺す”批判だ。野中氏の言う「非常に基本を間違ったやり方」とは、立憲主義に反するやり方ということだろう。

 冒頭紹介した新聞各紙の記事を見ても、集団的自衛権行使容認の憲法解釈は、「閣議決定で決める」「自分が責任を持って決める」など最近の安倍総理発言には、自民党内からも、改憲派保守の方々からも強い批判がある。

 今こそ、真剣かつ速やかに、安倍総理の解釈改憲による立憲主義と9条破壊に抗して、改憲派保守や良識保守派と共闘を創り出さねばならない。阪田氏も講演で同様のことをおっしゃっていた。護憲政党たる社民党はそのような共闘の先頭に立つべし。

(2014年2月24日 社民党衆議院議員 照屋寛徳)

 

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