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憲法コラム

第146回(2月18日):照屋寛徳 議員

「朕は国家なり」(ルイ14世)と「朕は憲法なり」(安倍総理)

「日本を戦争する国にするな!1・24院内集会」

 衆参のネジレ現象を解消し、巨大与党を形成した安倍総理の改憲に向けての暴走が加速している。

 具体的には、「一強多弱」の国会審議の中で、憲法解釈の変更による集団的自衛権行使容認へと暴走に次ぐ暴走を重ねているのである。

 憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認が、立憲主義にもとるものであり、憲法9条の精神を破壊するものであると、この間幾度となく批判してきた。私は、声を大きくして、「時の政権の手前勝手な憲法解釈で集団的自衛権の行使容認をするのは許されない。」と叫び続けたい。いや、叫び続けるつもりだ。断じて許されない。断固として反対する。

 去る2月12日、衆議院予算委員会で民主党大串博志議員が、憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認問題を安倍総理に質している。

 大串衆議院議員の質問に対し、安倍総理は集団的自衛権行使容認をめぐる憲法解釈に関し「私が責任を持っている」と答弁した。

 少し長くなるが、マスコミ各紙が報じた安倍総理の答弁要旨を紹介する。

 「国際情勢の変化の中で、一国のみによって国を守ることはできないという考え方の中で、(憲法解釈を)もう一度よく考えてみる必要がある。今までの積み上げのままでいくなら有識者懇談会をつくる必要というのはない。(質問者は)先ほどから内閣法制局の答弁を求めているが、(政府の)最高責任者は法制局長官ではない。政府の答弁に対しても私が責任を持っている。その上で私たちは、選挙で審判を受ける。審判を受けるのは、法制局長官ではない。だからこそ、私は今こうやって答弁をしている。」

 この安倍総理の強気で、傲慢な答弁に対しては、野党のみか自民党内からも批判が出ている。当然だろう。

 村上誠一郎元行革担当大臣は、「首相の発言は選挙で勝てば憲法を拡大解釈できると理解できる。その時々の政権が解釈を変更できるのは問題がある」と指摘する。

 古賀誠元自民党幹事長はテレビ番組で「安倍首相の時代が永久に続くなら別だが、考え方の違う首相が集団的自衛権の行使は違憲だと判断すれば、世界は日本をどう見るか。もっと謙虚になるべきだ」と批判したようだ。

 古賀誠元自民党幹事長の「安倍首相の時代が永久に続くなら別だが…」との批判で、咄嗟にブルボン朝第3代のフランス国王ルイ14世の言葉を思い出した。ルイ14世は、「太陽王」とも呼ばれ、在位期間は中世以降の国家元首として最長の72年に及んだ人物である。

 ルイ14世には有名な「朕は国家なり」という言葉がある。ルイ14世は、その言葉に表されるように、中央集権と重商主義政策を推進し、王権神授説を掲げ、絶対君主制を確立したことで余りにも有名だ。

 私は、ルイ14世が「朕は国家なり」と言ったように、安倍総理は「朕は憲法なり」と信じ込んでいるのだろう、と思う。一種の憲法についての偏執的妄想癖ではないか、と心配する。

 歴代政府の解釈によると、集団的自衛権とは「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利」である。これまで政府は、憲法第9条の下において許容されている自衛権の行使は、我が国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであると解しており、集団的自衛権を行使することは、その範囲を超えるものであって、憲法上許されないとしてきた。

 ところが、安倍総理は「朕は憲法なり」と言わんばかりに、憲法が「国家を縛る鎖」であること、近代国家は憲法によって国家を律して政治を行う立憲主義に基づいていることなどを忘れて、憲法解釈も自分が責任を持って決められるものと考えているのだ。

 私が考えるに、安倍総理はルイ14世の王権神授説のように、憲法と憲法解釈は、総理たる自分が決めれば何でもできる、と思っているのだろうよ。

 2月15日付の琉球新報は、共同通信の配信記事と思われる「焦点 集団的自衛権の解釈変更」と題する特集記事を二面ぶち抜きで大きく報道している。

 その特集記事の中で、改憲派の小林節慶大教授が、国家権力を縛る憲法の役割を強調しつつ、「憲法に拘束されるはずの政府が憲法解釈を180度変更するなら、法治国家が成り立たなくなる」と批判していることを紹介している。

 改憲派の小林教授は、「(集団的自衛権行使)それを“解釈変更”の名で実行をするのは、単純、明白に違憲だ。憲法は主権者である国民のものであり、政府が解釈によってコントロールしようとするなど本末転倒も甚だしい」と断じている。「96条先行改憲」にも反対している小林教授は、集団的自衛権行使を容認したいなら「堂々と国民に改憲を提案するべきだ」と見解を表明する。もっともな正論である。

 2004年から2年間、内閣法制局長官を務めた阪田雅裕氏は、前記特集記事の中で次のように語っている。

 ――集団的自衛権はなぜ認められないのか。

 「憲法9条の下で自衛隊に許されるのは、国民を守るための必要最小限の実力行使だ。わが国の国民に危険が迫っていないのに、外国へ出かけ武力行使ができるのであれば外国の軍隊と同じだ」

 ――解釈変更による行使容認をどう考えるか。

 「国家に勝手に戦争をさせないと憲法は表明している。時の政権が気に入らないからといって自由に解釈するのは立憲主義にもとる。時代に合わなければ、憲法を改正するのが王道だ」

 安倍総理に告ぐ。「朕は憲法なり」とふざけたことを言わずに王道を歩め!

(2014年2月18日 社民党衆議院議員 照屋寛徳)

【写真】http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Louis_XIV_of_France.jpg
http://www.kantei.go.jp/jp/96_abe/actions/201402/12syu_yosan.html


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