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憲法コラム

第145回(2月10日):照屋寛徳 議員

安倍総理の憲法「改正」の三つの理由を批判する

【写真】「日本を戦争する国にするな!1・24院内集会」

「日本を戦争する国にするな!1・24院内集会」

 安倍総理が改憲に強い意欲を示している。正確には、「強い意欲を示す」どころか、改憲実現に向け、いろんな布石をうち、巨大与党と一部野党の改憲勢力と相謀り、共同して暴走している。

 2月4日の衆議院予算委員会で日本維新の会小沢鋭仁議員が、「憲法改正は必要不可欠」との認識を示したうえで、「憲法改正の必要性について、安倍総理の御見解を伺います」と質問したのに対し、次のように答えている。

 安倍総理は、答弁冒頭で、「私は、従来から憲法改正を主張してまいりましたが、その理由として三つ挙げてきたところでございます」と述べ、三つの理由を詳細に答弁した。

 「一つは、現行の憲法は、やはり、いろいろな議論がございますが、基本的に占領軍の強い影響、同時に、原案については、事実上、占領軍がつくったものであるということであります。

 そして二つ目は、もう憲法が成立をしてから長い年月がたちました。時代にそぐわない条文もございますし、新たな、大切な価値観、権利も出てきているわけであります。

 そして三つ目は、やはり私たちの国の憲法は私たち自身で書いていく、この精神こそ未来を切り開いていくんだろう、こう信じるからでございまして、その中において、残念ながら、今委員御指摘のように、日本においては一度も憲法改正がなされてきていなかった。これは、いわば憲法について、指一本触れてはならないんだ、そういう、いわばある種の気持ちに国民全体が陥っていたということもあるのではないか、このように思うところであります。」(衆議院予算委員会議事速報。以下、同じ。)

 議事速報の引用が長くなったが、安倍総理が考える憲法改正(私の立場からは憲法改悪だ)の理由がより鮮明にわかると思う。

 尚、小沢鋭仁議員は、予算委員会で主要国における憲法改正の回数、改正手続に関する資料を配布し、「(憲法改正が)日本はゼロ回でございます……我が国、戦後、必要なかったのでありましょうか。だからゼロ回だったのでありましょうか。」とも質している。

 国会には、超党派の96条改正議連がある。現在の同議連の会長は、古屋国家公安委員長で、安倍総理が顧問、小沢鋭仁議員もかつては共同代表であった。

 恐らく、小沢議員は「96条先行改憲」を強く意識して、安倍総理に予定調和の答弁を求めたのであろう。安倍総理は、

 「(憲法改正ができなかったのは)この憲法改正の規定が、国会議員の三分の二以上の賛成がなければ発議できないということ、この条文も、96条も大きな要因であったのではないか、このように思います。」と答弁した。

 小沢鋭仁議員は、「96条先行改憲」について、安倍総理が平成24年12月当時よりかなりトーンダウンしていると指摘し、執拗にその必要性を質している。

 安倍総理は、「96条先行改憲」については、次のように踏み込んで答弁した。

 「たった三分の一の国会議員が反対すれば、それを議論する、国民投票で参加する機会を全く奪っているからこそ、96条を変えようということでございます。」

 「つまり、そういう意味において、私は、96条の改正、自民党も既にその案を出しているわけでございまして、改正すべきだ、このように思っているところでございます。」――と。

 以上の安倍総理と小沢鋭仁議員の衆議院予算委員会における憲法改正論議を踏まえ、その批判的考察を進めることにする。

 先ず、安倍総理が憲法改正理由に挙げるいわゆる占領軍による「押しつけ憲法論」と「自主憲法制定論」についてである。

 先ず、占領軍による「押しつけ憲法論」と「自主憲法制定論」は不離一体と理解すべきと考える。日本国憲法の成立過程を正しく認識するうえで大事なのは、第二次世界大戦において日本は連合国に無条件降伏し、ポツダム宣言を受諾した厳然たる事実を認めるところから出発するべきだ。日本国憲法の制定過程で1946年2月13日、いわゆるマッカーサー草案が日本政府に手交されたのは、事実だ。その内容は、敗戦後の日本政府にとって革命的変革を要求するものであった、といわれている。

 その前年の1945年10月、幣原内閣に松本丞治大臣を長とする憲法問題調査委員会が発足し、松本案がマッカーサー総司令部に提出されていた。

 結果的に、天皇が統治権を総攬する原則を残す松本案は一蹴される。その後、マッカーサー草案に基づく折衝を通じて「憲法改正草案」(内閣草案)が作成され、第90回帝国議会の衆議院に提出され、原案に若干の修正を加え、圧倒的多数で可決成立し、貴族院でも若干の修正が施され、「日本国憲法」として公布され、1947年5月3日から施行されたのだ。

 このような日本国憲法の制定過程に照らし、安倍総理が言う「押しつけ憲法論」には理由がない。多くの憲法学者も同じ意見だ。憲法を「押しつけられた」と感じた人は、明治憲法の天皇主権や旧体制を維持したかった人達だろう。「自主憲法制定論」を唱える方々は、総じて天皇主権の明治憲法への回帰を願う方々だ。

 「96条先行改憲」の誤りについては、幾度となく批判してきた。その問題点も多岐に及ぶ。最大の誤りは、改憲派学者の小林節氏らも指摘するように、憲法が為政者・国家権力の暴走や恣意的統治から国民を保護するために課す国家に対する規範=縛りであるとの立憲主義に反するからである。

 最高法規である憲法の改正に際して、通常の立法より厳格な手続きが要求されるのは当然だと思う。日本より厳格な改正手続きのスイスやアメリカはたびたび改正している。憲法改正をしたいのであれば、堂々と改正事項を掲げ、国会と国民議論を尽くし、「各議院の総議員の三分の二以上」の賛成を得て、国民投票すべきだ。「憲法に指一本触れるな」とは誰もいってない。憲法改正の真の狙いを秘し、先ずは憲法改正発議要件を緩和し、憲法の三大原理の破壊を目論むやり方に、多くの国民は反対しているのだ。改憲派の憲法学者も「裏口入学」と批判する。

(2014年2月10日 社民党衆議院議員 照屋寛徳)


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