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憲法コラム

第144回(1月29日):照屋寛徳 議員

キャラウェイ旋風とアベ旋風

【写真】ポール・W・キャラウェイ高等弁務官=左=と安倍晋三総理=右=。
出典:キャラウェイ高等弁務官=ウィキペディア(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Paul_Wyatt_Caraway.JPG)、
安倍総理:首相官邸HP(http://www.kantei.go.jp/jp/96_abe/actions/201401/24siseihousin.html)

当確の報に喜び、稲嶺進市長とカチャーシーを踊る

 「本土」復帰前の沖縄は、日本の施政権が及ばないアメリカの軍政下にあり、米国琉球列島高等弁務官府の下に米国民政府があり、その下に沖縄住民による「琉球政府」が置かれる、という統治システムになっていた。

 従って、高等弁務官が司法・立法・行政の絶対権限を持つ、最高の権力者であった。

 在日米軍司令部参謀長を歴任したポール・W・キャラウェイが第3代高等弁務官として就任したのは1961年2月16日である。

 キャラウェイ高等弁務官は、1964年7月31日に離任するまで、実に3年6ヶ月もの長い間、米軍支配下の沖縄の最高権力者、帝王として君臨したのである。

 キャラウェイ高等弁務官は、高等弁務官の施策に反対する者には権力で退けるなど、終始強圧的な態度で臨み、民意無視、独裁支配という恐怖政治を行い、「キャラウェイ旋風」として恐れられた。

 当時のキャラウェイ高等弁務官の統治手法は、「琉球政府を全く信頼せず、みずからの手で沖縄基地の維持をはかろうとした。その方法は@アメリカが主体となって沖縄の民生の向上をはかること A本土と沖縄の政治的・経済的隔離 B高等弁務官の直接統治権限の強化・拡大であった」(『沖縄大百科事典』沖縄タイムス社)。

 そのため、度々布令・布告を乱発し、琉球政府の権限を制約し、その結果沖縄の自治権は著しく衰退し、自己決定権が奪われた。

 当時の沖縄に「金門クラブ」と称する米国留学帰還者の親睦団体があった。金門クラブは、戦後沖縄の政財界・教育界の指導者を輩出した団体として夙に有名である。いわゆる“米留帰り”の親睦団体である。

 1963年3月5日、キャラウェイ高等弁務官は金門クラブでスピーチし、「沖縄が独立しない限り、沖縄住民による自治権は神話である」と断言した。

 このキャラウェイ高等弁務官の「自治神話論」が多くの県民の反発と波紋をよび、親米路線をとっていた与党・沖縄自由民主党の党内抗争が激化し、党内反主流派は脱党して、沖縄自由党を結成し、沖縄自由民主党は分裂した。

 キャラウェイ高等弁務官の「自治神話論」について、私の琉球大学における政治学の恩師である宮里政玄名誉教授は、『沖縄大百科事典』で次のように解説する。

 「この演説で彼は、沖縄において可能なのは、沖縄統治について絶対的な権限を与えられた米国民政府からの権限の移譲だけであり、この権限の委譲は、琉球政府が責任感と行政能力を示せば自然になされるものである。

 彼にとって自治権拡大の要求は〈民衆煽動や責任逃れ、怠慢のための言い逃れ〉にすぎなかった」――と。

 かつてのキャラウェイ旋風と「自治神話論」は、現在の安倍総理によるアベ旋風と名護市民と沖縄県民の民意を否定する「自治と自己決定権神話論」と同じに思えてならない。

 どちらもウチナーンチュの個人の尊厳と幸福追求権、平和的生存権を否定する強権的な振舞いである。

 去る1月19日に投開票された名護市長選挙で「辺野古の海にも陸にも新基地は造らせない」と公約した稲嶺進氏が、米軍普天間飛行場の辺野古移設を「積極推進」するとの公約を掲げた自民党推薦候補に大差で勝利し、再選を果たした。

 名護市長選挙で示された民意は、辺野古の美ら海を埋め立て、米海兵隊の巨大基地を新しく造ることを拒否したのである。

 ところが、安倍内閣は市長選の2日後に、名護市民・沖縄県民の民意を無視し、国策による犠牲と負担を強要する強権政治でもって、辺野古移設を前提とした工事の入札公告を行ったのである。安倍内閣のこのようなやり方は、民主主義と民主政治の名に値しない。独裁主義的な専制政治である。

 安倍内閣は、名護市民と沖縄県民に自治は「神話」であり、ウチナーンチュの自己決定権などありえないとの態度を示す。これぞ沖縄への構造的差別の押しつけだ。

 手元の辞書によると、「『民主主義(デモクラシー)』の語源は、ギリシャ語の『デモス(人民)』である。民主主義国においては、立法者や政府ではなく、国民に主権がある」

 「近代民主主義においては、国民主権・基本的人権・法の支配・権力の分立などが重要とされる。現代では政治形態だけでなく、広く一般に、人間の自由と平等を尊重する立場をいう。」とある。

 だとすると、安倍内閣の名護市民・沖縄県民に対する仕打ちは、民主主義と民主政治に反するものと考える。

 言うまでもなく日本国憲法は、国民主権、基本的人権尊重主義、平和主義を三大原理にしている。しかも、これらの三大原理は相互に不可分に関連しているのだ。

 基本的人権の保障は、国民主権の原理と密接不可分の関係にある。専制政治の下では基本的人権の保障は完全なものとはなりえない。国民主権に基づく代表民主制の原理が基本的人権の尊重と確立を達成する上で不可分の関係にある。

 国民主権、すなわち国民が国の政治体制を決定する最終かつ最高の権威を有するという原理も、国民がすべて人間として尊重されてはじめて成立する。

 人間の自由と生存は平和なくして確保されないという意味で、平和主義の原理もまた、人権および国民主権の原理と密接に結びついている(芦部信喜著『憲法 第五版』)。

 このように考えると、1月19日の名護市長選挙における稲嶺進市長の当選は、憲法の三大原理の下に生きたい、との名護市民と多くの沖縄県民の強い民意の表明だろう。

 去る1月24日、第186回国会における施政方針演説で、安倍総理は「私は、自由や民主主義、人権、法の支配の原則こそが、世界に繁栄をもたらす基盤である、と信じます」と述べていた。本会議場にいた私の耳には、安倍総理の言葉が空空しく聞こえた。

 その一方で、沖縄に対しては「何でも官邸団」の閣僚と「自民党」こと「自分党」の政治家らは、ウチナーンチュの人間としての尊厳を認めない強権政治で国策を強要している。許せない!

(2014年1月29日 社民党衆議院議員 照屋寛徳)


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