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憲法コラム

第143回(1月24日):照屋寛徳 議員

新基地建設を拒否した名護市民の選択と地方自治

【写真】当確の報に喜び、稲嶺進市長とカチャーシーを踊る(2014年1月20日付沖縄タイムス)

当確の報に喜び、稲嶺進市長とカチャーシーを踊る

 1月18日から沖縄本島北部の本部(もとぶ)半島で日本一早い「本部八重岳桜まつり」が開催されている。名護市でも来る1月25日から「桜まつり」が開催される。

 暦の上では1月20日が「大寒」であり、その前後から日本列島は強い寒波が襲来し、各地に甚大な被害をもたらした。

 「常夏の島」沖縄でも旧暦12月8日のムーチー(鬼餅)から旧正月の頃が季節的には一番寒い。

 沖縄の桜は、品種はカンピザクラ(琉球寒緋桜、ヒガンザクラ)と呼ばれるもので、その名の通り沖縄が一番寒い頃に、冬の寒さを感じて濃いピンクの花を咲かせる。ヤマトの桜前線は、南から北へと上がって行くが、沖縄の桜前線は、沖縄本島の名護ヤンバルから南へと下りて行くのである。

 去る1月19日、沖縄中が、いや日本中が、アメリカも注目した名護市長選挙の投開票があった。私は、告示前後を通して、二期目の挑戦をした稲嶺進候補の応援のため名護市に通った。

 応援に通う中でヒガンザクラの蕾(つぼみ)が日々膨らみを大きくしていくのを目撃した。私は、市民や支持者らに「稲嶺進候補の当選を勝ち取って『一番桜』を大きく咲かそう」と呼びかけた。

 1月19日に投開票された名護市長選挙の最大の争点は明白だった。稲嶺進候補は「辺野古の海にも陸にも基地はつくらせない」との公約を掲げ、日米両政府が強行せんとする辺野古への新基地建設を拒否する、と市民に訴えた。一期目からの公約堅持である。

 一方の自民党が推薦する末松候補は、辺野古への新基地建設を「積極的に推進」する、との公約を掲げた。

 結果は、稲嶺進候補が4,115票の大差で当選し、二期目の再選を果たした。名護市民は、辺野古への新基地建設に「NO」の審判を下したのである。言うまでもなく、軍事基地は、戦争を効率的に遂行するための人的・物的装置である。名護市民は、戦争に繋がる基地建設を拒否し、平和への道を選択したのである。

 また、辺野古への新基地建設は、ジュゴンが棲み、生態系が豊かな美ら海を埋め立てる最大かつ最悪な自然破壊・環境破壊でもある。

 従って、市長選挙で稲嶺進候補の当選を選択した名護市民の意思は、「命の母」なる海を守ることを鮮明に示したものである。

 名護市長選挙告示の日に、鳥取県米子市で記者会見した自民党石破幹事長は、米軍普天間飛行場の辺野古移設に関連し、「名護、県北部地域の発展を考える選挙だ。基地の場所は政府が決めるものだ」と記者団に語った。

 石破幹事長の発言は、明らかに名護市長選挙における両候補の公約を意識し、稲嶺候補を牽制しつつ、「名護市民、沖縄県民はつべこべ言わずに政府が決めたことに従え」との発想に基づいている。強権的で、憲法が保障する民主主義原理を否定し、地方の政治は住民の自治によるという地方自治の本旨をも否定する考えに基づくものだ。石破幹事長の発言からすると、どうやら日本は民主主義国家ではなく、どこかの国のような独裁国家らしい。

 石破幹事長発言を受けて、稲嶺進候補は「辺野古への新基地建設の是非は、名護市と名護市民が決める」と反論した。地方自治の本旨に基づき、名護市民の尊厳を賭けた自己決定権の明確な主張である。

 市長選挙が三日攻防を迎えた1月16日、石破幹事長が末松候補の応援にやって来て、またまた次のように吠えた。

 「新たに500億円の名護振興基金をつくる。スエマツ・ビジョン実現のためにはその裏付けとなる財源が必要だ」――と。

 この石破幹事長発言は、あからさまな公金使用による選挙買収を思わせる手口だ。アメとムチ、利益誘導と権力による恫喝の選挙介入だ。

 これらの石破幹事長発言に、名護市民と県民の多くが猛反発した。至極当然だ。石破幹事長だけでなく、現職閣僚・元閣僚、自民党国会議員らが大挙して末松候補応援に押し寄せたことも記(しる)しておく。どうやら桜前線と違い、国策の差別と犠牲強要は、東京・永田町から沖縄に直行して下ってくるらしい。

 有権者4万6千人余の小さな街に、異常にして異様な政府・自民党の末松候補応援が展開されたのだ。その選挙応援は、アメとムチによる露骨な民意圧殺の手法だった。

 「地方自治は民主主義の小学校である」との言葉がある。中央政府の権力の強大化をおさえるために、民主主義原理に基づく、地方自治の意義と必要がある。

 近代立憲主義憲法は、民主主義という価値観に基づく政治原理をみとめ、地方自治の原則を憲法上の制度として保障している。

 日本国憲法第92条は「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。」と規定する。

 憲法第92条が定める「地方自治の本旨」は、住民自治と団体自治の二つの要素からなり、住民自治とは、地方自治が住民の意思に基づいて行われるという民主主義的要素であり、団体自治とは、地方自治が国から独立した団体に委ねられ、団体自らの意思と責任の下でなされるという自由主義的・地方分権的要素であると言われている(芦部信喜『憲法 第五版』)。

 稲嶺進市長の再選を受けて政府・自民党幹部と関係大臣は、名護市民の厳粛な審判を無視し、普天間飛行場の辺野古移設強行を明言している。一方、稲嶺進市長は、「市長には市民の生命・財産・人権を守る義務がある。市の管理権が及ぶところはきちっと対応していく」として、「法律に基づく市長権限を行使して新基地建設を阻止する」と一歩も引かない。

 稲嶺進市長が言う新基地建設拒否の市長権限とは、具体的には(1)基地内の燃料タンクの設置を許可しない、(2)市有地での埋め立て用土砂採取を認めない等である。

 政府も「市長権限でストップをかけられる手続きが十数件ある」と認めている。個別法に基づく市長権限を論ずる以前に、そもそも、国が地方自治体・地域住民の意思を尊重することは、民主主義の基本原理であり、憲法が保障する地方自治の本旨だ、と確信する。

 日米両政府が、名護市民と沖縄県民の民意を無視して強行せんとする米軍普天間飛行場の辺野古移設は、稲嶺進市長の個別法に基づく市長権限の行使という合法的抵抗と沖縄県民の不屈な闘いによる抵抗によって実現不可能であることは明白である。

(2014年1月24日 社民党衆議院議員 照屋寛徳)


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