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憲法コラム

第141回(1月9日):照屋寛徳 議員

安倍総理の靖国神社参拝と憲法の政教分離の原則

【写真】靖国神社を参拝する安倍総理(左=12月26日付東京新聞(夕刊)、右=同27日付朝日新聞)

靖国神社を参拝する安倍総理

 2013年12月26日、安倍総理がA級戦犯が合祀されている靖国神社を参拝した。そのことが年明け後の新年においても、様々な波紋を呼んでいる。国内外からの批判と懸念も止む気配はない。

 大日本帝国憲法(明治憲法)の下、天皇制と国家神道の名において、「教育勅語」や「軍人勅語」などによって、天皇の命令で「名誉の戦死」をとげ、「英霊」として靖国神社に祀られることが最高の美徳であったことは、公知の事実である。戦前、靖国神社が陸軍省・海軍省の軍事的宗教施設として、大日本帝国陸・海軍省、内務省によって管理されていたことも、これまた公知の事実である。

 1946年9月、靖国神社は国家機関から民間の宗教法人となり、日本国憲法第20条は、信教の自由・政教分離の原則を明定した。

 安倍総理に限らず、総理の靖国神社参拝が憲法問題として議論になるのは、靖国神社にはA級戦犯が合祀されており、そこへの国家機関たる総理の参拝が憲法第20条の政教分離の原則との関連で違憲の疑いが強く持たれているからである。

 論を進める前にA級戦犯について考えて見ることにしよう。

 A級戦犯とは、極東国際軍事裁判(いわゆる東京裁判)において、侵略戦争を指導した犯罪、すなわち「平和に対する罪」として裁かれた政治家や軍人ら28人の被告人達である。このうち、死亡・精神異常による免訴の3人を除く25人の被告全員が有罪となり、うち東條英機元首相、板垣征四郎元陸軍大将、土肥原賢二元陸軍大将、廣田弘毅元首相ら7人が絞首刑になっている。

 この7人に加えて、公判中に病死した、松岡洋右元外相、受刑中に獄死した平沼麒一郎元首相ら7人、合計14人が1978年10月17日に靖国神社に合祀された。理解していただけると思うが、A級戦犯は明らかに「戦死者」ではない。

 昭和天皇が靖国神社を参拝しなくなったのは、A級戦犯の合祀に不快感を持っていたからとされる、との富田朝彦元宮内庁長官のメモが残されていたことが明らかになっている。A級戦犯等を「英霊」として顕彰することは、彼らが指導した戦争を侵略行為ではなく、正しい戦争として正当化し、美化することにつながるからである。

 また、A級戦犯らが合祀されている靖国神社を時の総理が公式参拝することは、国として先の大戦が正しい戦争であったと認めることであり、侵略行為を反省していない何よりの証左である。総理としての公式参拝ではなく私的参拝であるとの弁解もある。だが、公用車に乗り、秘書官を同行し、内閣総理大臣と記帳する参拝は、誰が見ても公式参拝であり、私的参拝の弁解は単なる言い逃れ、詭弁だと考える。

 安倍総理の2013年12月26日の靖国神社参拝は、第1次安倍政権を含め初めてである。その日、安倍総理は公用車で靖国神社に向かい、玉串料3万円は私費で払ったが、到着殿で「内閣総理大臣 安倍晋三」と記帳し、本殿前には総理名の花も添えられた。私は、憲法違反の公式参拝の疑いが極めて濃厚だ、と批判する。

 参拝後の記者会見で、安倍総理は、「政権が発足して1年。この1年間の安倍政権の歩みをご報告し、二度と戦争の惨禍で人々が苦しむことのない時代をつくるとの誓い、決意を伝えるためにこの日を選んだ」と参拝理由を説明し、中国・韓国からの反発に対しては「戦犯を崇拝する行為との誤解に基づく批判がある」と指摘し、「中国・韓国の人々の気持ちを傷つける考えはない」と説明している(2013年12月27日付毎日新聞)。

 予想通り、中国は「中国をはじめ戦争被害国の国民感情をひどく傷つけた。国際社会に対す挑戦だ」、韓国は「嘆かわしく、憤怒を禁じえない。積極的平和主義の名の下に国際社会に貢献したいというが、誤った歴史認識を持ち、平和増進に寄与できると考えているのか、問わずにいられない」などと強く批難している。

 安倍総理が最も重要な同盟国だとするアメリカも「日本の指導者が近隣諸国との関係を悪化させる行動をとったことに、米国は失望している」との在日大使館声明を発表した。

 中国、韓国だけでなくアジア諸国も猛反発しており、わが国の平和外交と国益を損ねる深刻な事態が出現している。

 そもそも、安倍総理には、侵略戦争と植民地支配を謝罪した「村山談話」を見直す考えの歴史認識しかない。改憲により、天皇を元首と戴き、国防軍創設により戦争ができる国づくりを進め、新たな「英霊」を作り出そうとする政治的信条の持ち主なのだ。

 日本国憲法第20条1項は「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。」、同条3項は「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。」と規定する。

 一方、自民党「日本国憲法改正草案」第20条1項は「信教の自由は、保障する。国は、いかなる宗教団体に対しても特権を与えてはならない。」と規定するが、「政治上の権力を行使してはならない」という部分を削除している。政教分離の原則を定めた条項からこの部分を削除することは、宗教団体が政権与党になって政治権力を行使しても、政教分離の原則に反する問題はない、との考えに基づくのだろう。

 同じく、自民党「日本国憲法改正草案」第20条3項は、現憲法20条3項に追加して、「ただし、社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を超えないものについては、この限りではない」と但書を挿入している。これは、明らかに総理大臣がA級戦犯を含めた英霊を祀った靖国神社に参拝しても、それは社会的儀礼なので政教分離の原則に違反しないとして、憲法違反の批判を封じ込める狙いであろう。

 時の総理の靖国神社参拝については、1992年(平成4年)2月28日、福岡高等裁判所が1985年の中曽根元総理の靖国神社参拝が違憲であると判示した。小泉元総理の靖国神社参拝についても、福岡地裁が政教分離違反で違憲と判示、2005年(平成17年)9月30日の東京高等裁判所では、「国が靖国神社を特別に支援し、他の宗教団体と異なるとの印象を与え、特定の宗教に対する助長、促進になると認められる」と断じ、違憲と判示している。

 日本国憲法は、軍国主義を支えた国家神道を国家から切り離すために政教分離の原則を導入した。「国に動員された戦没者を英霊としてまつり、戦死の悲しみを喜びに転換する『感情の錬金術』を生み出すのが靖国思想だ」(高橋哲哉・東大大学院教授)。

 靖国思想の復活と改憲による政教分離原則のなし崩しには反対だ。

(2014年1月9日 社民党衆議院議員 照屋寛徳)


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