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憲法コラム

第137回(12月16日):照屋寛徳 議員

婚姻と家族の多様な選択と憲法

【写真】最高裁決定を1面トップで報じる12月12日付朝刊各紙

個人より国家優先、国民軽視と国家重視の国家観を斬る

 手元の辞書によると、婚姻とは「正規の法律上の手続きを経て、男女が夫婦関係を結ぶこと」、結婚とは「(正式の)夫婦関係を結ぶこと。法律的には婚姻と言う。」と書いてある。私は、今から44年前に婚姻(結婚)した。

 日本国憲法第24条1項は、「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。」同条2項は、「配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。」と規定する。

 もちろん、妻と婚姻する前から憲法24条は知っていた。だが、44年間の婚姻関係の維持において憲法24条1項を遵守したか、と問われると、3人の子の育児・教育は妻に一方的に任せっきりだったので、「相互の協力」に欠けていたことを認めざるを得ない。要するに「父親失格」である、と先行自白する。

 私には3人の子がいる。3人の子にもそれぞれに子がおり、私は7人の孫に恵まれている。生まれ育った環境が全く異なる男と女が婚姻し、子、孫と続く命のリレーには正直に神秘を感じ、不思議な気がする。3人の子にとって「父親失格」のダメ親父でも、7人の孫は「目に入れても痛くない」存在と思う好好爺ぶりを発揮している。

 先に「私には3人の子がいる。」と断定的表現をしたが、正確には「私の子と推定される3人である。」民法(明治29年4月27日、法律第89号)第772条1項は、「妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。」とある。従って、母子関係は「確定」だが、父子関係は「推定」である。

 婚姻及び家族の多様な選択が進行する今日、去る12月10日付で、最高裁判所の画期的な決定があった。最高裁判所第3小法廷が、性同一性障害で性別を女性から変更した男性について、第3者から提供された精子で妻との間にもうけた子を、法律上の子と初めて認めたのである。最高裁判所決定は、前記民法772条1項を厳格に適用し、血縁よりも、夫婦の実態の有無という婚姻関係を重視し、親子関係の存在を推定すべきだと判断したのである。早速、12月12日付新聞各紙が報じた最高裁判所決定を二度、三度と繰り返し読んで、成る程と納得した。

 心と体の性別が一致せず、社会生活を送るうえで精神的に苦しむ性同一性障害がある。「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(平成15年7月16日、法律第111号)第2条は「この法律において『性同一性障害者』とは、生物学的には性別が明らかであるにもかかわらず、心理的にはそれとは別の性別(以下「他の性別」という。)であるとの持続的な確信を持ち、かつ、自己を身体的及び社会的に他の性別に適合させようとする意思を有する者であって、そのことについてその診断を的確に行うために必要な知識及び経験を有する二人以上の医師の一般に認められている医学的知見に基づき行う診断が一致しているものをいう。」と定義している。

 そのうえで、同法第3条は「家庭裁判所は、性同一性障害者であって次の各号のいずれにも該当するものについて、その者の請求により、性別の取扱いの変更の審判をすることができる。

一 二十歳以上であること。
二 現に婚姻をしていないこと。
三 現に未成年の子がいないこと。
四 生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。
五 その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。」と定めている。

 しかも、同法第4条は「性別の取扱いの変更の審判を受けた者は、民法その他の法令の規定の適用については、法律に別段の定めがある場合を除き、その性別につき他の性別に変わったものとみなす。」と定めている。

 法務省の統計によると、2013年3月31日現在3,903人が性別変更を認められている。法務省は、性別を変更した人が、非配偶者間の人工授精で子をもうけても、「血縁がないのは明らか」として、「嫡出子」(結婚している夫婦の子)として認めてこなかった。一方で、生まれながらの男女の夫婦が非配偶者間の人工授精による不妊治療で子をもうけた時は嫡出子として認めてきたのである。

 前記最高裁判所決定は、「性別変更の審判を受けた者については、妻との性的関係によって子をもうけることはおよそ想定できないが、一方、そのような者に婚姻の主要な効果である772条による嫡出の推定についての規定の適用を、妻との性的関係の結果もうけた子でありえないことを理由に認めないのは相当ではない。」と論旨明確だ。5人の裁判官のうち2人は反対意見を書いている。

 今回の最高裁判所決定について、12月12日付朝日新聞は「女性として生まれ、性同一性障害を理由に性別を変更した男性と、第3者の精子提供で生まれた子の関係を、最高裁は法律上の『親子』と認めた。法務省の見解が血縁重視に傾くなか、親子のつながりは血縁だけでは決まらないとの民法の趣旨に立ち返った判断だ。

 性同一性障害の当事者は社会的には極めて少ない……血がつながらずとも親子と認めた今回の決定は、少数者の人生の選択肢を広げた意義ある司法判断といえる。」と解説している。朝日新聞以外の他紙も、ほぼ同旨の解説を掲載している。

 わが国では、生殖補助医療に関する法律が未整備のまま、第3者の精子を使う非配偶者間人工授精(AID)が認められ、AIDで生まれた子は1949年以来、約1万5千人と推計されている。婚姻と家族の多様化が進む中にあって、個人の尊厳を謳う憲法の精神と民法に照らし、今回の最高裁決定を支持する。国会は、生殖補助医療での親子関係を規定する民法改正などの法整備を急ぐべきだ。立法不作為は、許されない。

 

(2013年12月16日 社民党衆議院議員 照屋寛徳)


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