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憲法コラム

第133回(11月30日):照屋寛徳 議員

自民党に集団的自衛権行使容認を勧める民主党前大臣

照屋寛徳

 2013年11月21日付朝日新聞朝刊の「集団的自衛権 自民政権で」「玄葉氏『お願い』石破氏が応じる」との見出しがついた小さな二段記事を見た時、一瞬、目が点になった。

 記事を読み進めると、民主党政権の前外務大臣である玄葉光一郎衆議院議員が、11月20日都内で開かれた討論会で同席した自民党石破幹事長に対し、「民主党が集団的自衛権の憲法解釈の見直しでまとまることは難しい。自民党政権のうちにきちっとやってほしい」と「お願い」した、との内容だった。

 民主党玄葉氏の「お願い」に対し、自民党石破幹事長は「集団的自衛権の話は自民党が主導権をとってやる」と引き受け、玄葉氏に「民主党で集団的自衛権が必要だという人は、党議に従わずに賛成するとか、新党を作る方が国のためだ」と誘い水を向けた、と記事は結んでいる。

 後日、朝日新聞記事にある「都内で開かれた討論会」が、読売国際会議2013「グローバル乱世に反転攻勢を」の秋季フォーラム「『決める政治』への挑戦」(読売国際経済懇話会・読売新聞社共催)であることが判明した。

 2013年11月27日の読売新聞朝刊に秋季フォーラムの詳報が掲載されている。

 読売新聞の詳報記事によると、集団的自衛権行使容認問題に関する玄葉・石破両氏のやり取りは、次のとおりだったようだ。

玄葉 自民党にできて民主党にできないこと、民主党にできて自民党にできないことがある。少子化対策や女性の問題は民主党の方がやりやすいが、集団的自衛権の解釈見直しは自民党じゃないとできない。自民党政権のうちに、きちっとやってほしい。

石破 それはやる。そのときに、民主党の中で心ある人は賛成してほしい。

 朝日新聞の記事、読売新聞の詳報記事は、読売新聞社主催の秋季フォーラムを取材した記者がまとめたものである。記事の内容に若干の相違はあるが、玄葉氏が石破氏に対し、「自民党政権のうちに集団的自衛権行使容認で憲法解釈の見直し」を「お願い」したことは一致している。民主党内で憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認に賛否両論があることは承知している。それにしても民主党政権の国家戦略担当大臣、外務大臣を担当した玄葉氏が自民党石破幹事長に「自民党政権のうちに集団的自衛権行使容認を公然と勧めた」ことには正直に驚き、呆れ、失望した。民主党内「安保族」の憲法観の正体を見た思いがしてならない。

 憲法解釈の変更による集団的自衛権行使容認は、実質的な憲法9条改憲であり、私は絶対に容認しない立場だ。玄葉氏から勧めるまでもなく、今の安倍内閣は「日本版NSC法」、特定秘密保護法案を成立させ、次は武器輸出三原則を緩和し、来年の通常国会で「国家安全保障基本法」を制定し、集団的自衛権行使容認へと繋げる政治日程で暴走を始めているのは間違いない。

 「元祖タカ派の自民党、その中でもタカ派本家の安倍首相」(半田滋「『集団的自衛権』行使容認で何が起こるか」、岩波ブックレット870号所収)は、2013年9月26日、米保守系シンクタンク「ハドソン研究所」で講演した際、「もし皆さまが私を右翼の軍国主義者とお呼びになりたいのであれば、どうぞお呼びいただきたい」と語っている。私は、それ以前から安倍総理を「右翼、軍国主義者」と呼んでいるが、安倍総理が「ハドソン研究所」における講演で開き直って以来、公然と「右翼、軍国主義者」と呼ぶことにしている。

 実は、米ニューヨークタイムズ紙は2013年1月3日付の社説「歴史を否定する新たな試み」の中で、安倍総理を「右翼の国粋主義者」と決めつけている。私が言う「軍国主義者」とニューヨークタイムズ紙の「国粋主義者」は、同義語とご理解願いたい。

 2012年12月の衆議院総選挙と2013年7月の参議院選挙で圧勝した自民党と安倍総理は、「戦後レジームからの脱却」と美しい国「日本を、取り戻す」ことに躍起になっている。

 安倍総理が標榜する「戦後レジームからの脱却」とは、平和国家として歩んだ戦後日本の価値を否定し、天皇が主権者であり、その国家のために個人が犠牲になることがすばらしいとする価値観の安倍流「美しい国」を作ろう、ということだ。そのためには、改憲が必要であり、憲法9条の明文改憲は直ぐには難しいから、先ずは憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認から踏み込んで行こうと企んでいるのである。

 さて、「集団的自衛権」は国連憲章第51条が、個別的自衛権と並んで国家の「固有の権利」として規定したのが最初であるが、憲法学者の中には集団的自衛権が国家の「固有の権利」であるとの考えを否定する者もいる。

 集団的自衛権に関する歴代政権の説明は、「集団的自衛権を日本は国際法上保有しているが、憲法上行使できない」とのことだった。

 集団的自衛権は、国際法上の義務ではなく権利である。日本国憲法第9条1項は平和主義を謳い、第9条2項は「軍隊の不保持」「交戦権の否認」を謳っている。憲法第9条は、「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を実力で以って阻止する権利」としての集団的自衛権の行使を禁じていることは明々白々だ。

 日本は去る大戦で310万人の尊い命を失った。悲惨な沖縄戦では20万余の尊い命が奪われた。近隣諸国の2,000万人余の尊い命を奪い、危害を加えた。その大戦の反省の上に憲法9条の戦争放棄、戦力の不保持、交戦権の否認があるのだ。

 再度、声を大にして言う。憲法解釈の変更による集団的自衛権行使容認は、実質的な9条改憲であり、「平和国家」から「戦争ができる国」への重大な転換である。断じて許せない。民主党も党全体として集団的自衛権行使容認に反対して欲しい、と願うものだ。

 

(2013年11月30日 社民党衆議院議員 照屋寛徳)


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