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憲法コラム

第116回(10月3日):照屋寛徳 議員

保守の護憲と護憲派の保守

保守の護憲と護憲派の保守 「お前は保守か革新か」と尋ねられれば、躊躇することなく、革新だと返事する。同様に、「お前は改憲派か護憲派か」と尋ねられると、自信を持って護憲派だ、と答える。

 だが、正直「保守」「革新」の厳密な政治学的(いや政治論的かなー)区別は、難しい。

 一般論としては、「保守とは、古くからの習慣、制度、考え方などを尊重し、急激な改革に反対すること、保守主義とは、伝統に倣い、これを墨守することを重視する政治思想である」と多くの辞書は解説する。

 ところで、保守にも「伝統保守」「経済保守」「国家保守」の概念があるようで、この辺になると乏しい知識では、尚更に論究は困難だ。今日のところは、「20世紀わが国が生んだ最高の知性」と言われる丸山眞男(政治学者・思想史家)の「日本の保守主義とは時々の現実に順応する保守主義」、中村宏(神戸大学教授・政治学)の「保守とは、状況ないし事態の流れに順応し、権威主義的でそのときどきの権力に従う処世観」などの定義に従うことにする。(私など丸山眞男の『現代政治の思想と行動』ほか数冊しか読んでない。)

 一方の、革新は、革新=左翼とも称されるが、政治分野では「現行の政治体制の変更を優先的に要求する立場」などと解説される。そこで、保守の改憲派らは、護憲、護憲と叫ぶ「護憲派」を「お前達は保守だ」と攻撃し、「護憲派」は、保守の政治的立場の者を「改憲派」と一方的に攻撃して、互いに論争を避ける一種異様な雰囲気が日本の社会を覆っている。特に、政界ではそうだ。

 かく言う「私がそうだった」と自白する。だが、「96条先行改憲」が安倍総理や自民党などの「改憲派」から主張されるようになり、それに反対する改憲派憲法学者の小林節氏の著書を読み、講演を聞く中で、大いに反省した。今は、冷静に保守・改憲派の言い分にも耳を傾け、真摯に論争する心構えができた。それに、いわゆる保守の中にも真剣に護憲の立場を貫いている方が大勢いる事を知ったからである。同時に、護憲派の主張や運動が教条的で、市民や若者らにわかり易く説明し、語りかけない胡散臭さも感じていた。沖縄での憲法問題は、鮮明かつ具体的で、護憲か改憲かもわかり易いし、皮膚感覚で感じ、論じられる。だが、永田町界隈や日本の論壇一般は違った。

 今では、私は保守=右翼=改憲派、革新=左翼=護憲派の単純な図式による思考を止めた。その契機になったのが、『週刊金曜日』の「わたしと憲法シリーズ」を読んだことである。

 『週刊金曜日』953号(7月26日発行)で、岡野八代氏(同志社大教授・政治学)が96条改憲に反対する学者らの「96条の会」発起人に名を連ねた動機にふれ、「残念なのは、いまや「護憲=頑迷な保守」というマイナスイメージがすっかり定着してしまったことです。左派、リベラルといわれる勢力はいつから、こんな「保守」レッテルを貼られてしまったのか。改憲勢力に対抗するためにも、護憲側は連携してこのイメージを払拭する必要がありますが、本当に難しいテーマです。」との評論に接した。

 また、『週刊金曜日』957号(8月30日発行)には、森田優子氏(弁護士・漫画家・予備二等陸尉)が「憲法はいまは空気のような存在だけど失ったら苦しい。失う前にその存在に気がついてほしい。取り返しのつかなくなる前に学ぶことです。」「市民が権力と対峙するためには、少しでも意見が違うと『本物じゃない』などとどんどん排除していき、自分たちで勢力を小さくしていくというくり返しをやめないといけない。」「憲法は寛容で自分を批判する自由を許している。その憲法の改悪を防ぐという目的を達するために何をすべきか考えるべきです。」との評論文を書いている。

 一読して、岡野氏や森田氏を護憲政党を標榜するわが社民党の党首に迎えたいな、と正直思った。でも、今や“絶滅危惧種”の社民党党首では、即座に断られるか! 自力で党改革をすすめ、真の護憲政党に生まれ変わるしかないなー。

 そんなこんなをつらつら考えている時に、わが“心友”佐高信氏(評論家)の著書『この人たちの日本国憲法――宮澤喜一から吉永小百合まで――』(光文社、9月20日初版1刷)が発行された。早速、購入し一読した。

 この本は、取り上げた10人の「護憲派列伝」だが、10人の内訳は、「いわゆる保守派が多い。革新の常連だけでは、もう憲法は護れないと思うからである。」と佐高氏は述懐する。そして、著書の「はじめに」の中で「いわゆる革新派だけが護憲を叫んできたのではない。保守の中にも、いや、保守の中にこそ、断固として改憲に『待った』をかけてきた人がいる。」と、佐高氏は書き記している。

 同書に関連し、佐高氏は『週刊金曜日』960号「風速計」欄で、「“専売特許”意識が邪魔をして、保守の護憲と手をつなぐことなど左派は考えもしなかった。」と手厳しく批判している。ふり返ってみて、全くその通りだと思う。

 佐高氏の前記著書は名著である。保守も革新も、護憲派も改憲派も購入のうえ、是非とも精読されることを望むものである。

(2013年10月3日 社民党衆議院議員 照屋寛徳)


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