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憲法コラム

第115回(10月1日):照屋寛徳 議員

安倍総理の「積極的平和主義」の欺瞞

「ヘイトスピーチとレイシズム」そして普遍的人権

【写真】2013年9月10日、ソウルでの講演

 昨年12月の衆議院解散総選挙と今年7月の参議院選挙で圧勝し、巨大与党を形成した安倍総理は、最近外交・安全保障政策で、傲慢で浮ついた意味不明な発言を連発している。

 今年9月、国連総会に出席する為にニューヨークを訪れた安倍総理は、同行記者団との会見で、集団的自衛権に関連し、「かつてのような地理的概念ではなくなっている。国境を越えている」と発言したようだ。同時に、集団的自衛権の行使を容認した場合、行使するかどうかの政策判断を地理的概念ではなく、「国民の生命、財産、国益に密着するかどうかとの観点で検討する」とも語っている(ニューヨーク発共同通信林学記者)。一方で、安倍総理は、憲法解釈を変更して、集団的自衛権行使容認の結論を出す時期については、明言を避けている。だが、内閣法制局長官の更迭劇に見られるように、「容認」に向け、露骨にその布石を打っている。

 結局のところ、安倍総理の前記同行記者団への発言は、国民の生命や国益を守るという大義名分があらば、集団的自衛権を行使して「地球の裏側」まで自衛隊を派遣する事を可能にしようという魂胆の現れと見るべきだ。そのことは、自民党「日本国憲法改正草案」通りの改憲が実現すれば、「国防軍」を「地球の裏側」まで派兵して、アメリカと一緒に戦争をする事を意味している。

 さて、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」(日米安保条約)第5条は「各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続きに従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する。」と規定する。

 日米安保条約に基づいて、アメリカが日本の防衛義務を負う代わりに、同条約第6条で日本は米軍に基地を提供している(いわゆる全土基地方式)。ただし、在日米軍は極東(フィリピン以北、日本およびその周辺地域)の範囲でしか展開できない。日米安保条約の下では対米支援のため「地球の裏側」まで自衛隊を派遣する事はできないのだ。

 9月26日(日本時間)、米保守系のシンクタンク「ハドソン研究所」で講演した安倍総理は、集団的自衛権の行使容認に向けた憲法解釈の見直しの目的を「世界の平和と安全に、より積極的に貢献する国になる。積極的平和主義の国にしようと決意している」と説明したようだ。この新聞報道記事を読んだ時、一瞬眩暈を覚え、“ブチクン”(気絶)しそうになった。

 日本国憲法第9条は、「戦争の放棄」「戦力の不保持」「交戦権の否認」を謳い、積極的平和主義(積極的非暴力平和主義と呼ぶ者もいる)を貫いている。安倍総理は、積極的平和主義をどう考えるのか、具体的に説明して欲しい。それとも、日本国憲法は消極的平和主義で、改憲のうえ「国防軍」を創設し、交戦権を付与したうえで「地球の裏側」にまで派兵し、アメリカと一緒に戦争をすることを可能にする事が積極的平和主義だと思っているんだろうか。一連の安倍総理発言を子細に分析すると、どうもそのように考えているように思える。

 歴代内閣は、「憲法9条で許される自衛権行使は、わが国を防衛するための必要最小限度の範囲にとどまるべきだ。集団的自衛権の行使は、その範囲を超え、憲法上許されない」との見解を継承してきた。ところが、安倍内閣は、歴代内閣の見解を踏襲せず、憲法解釈の見直しによる集団的自衛権の行使容認(実質的な「9条改憲」)を行なおうと虎視眈眈、蠢いているのだ。嗚呼、恐ろしいね。

 ところで、自民党「日本国憲法改正草案」は現行憲法9条2項を全面削除し、自衛権の発動を無制限に認めたうえで、第9条の2で「国防軍」の創設を謳っている。自民党の改正理由説明によると、「世界中を見ても、都市国家のようなものを除き、一定の規模以上の人口を有する国家で軍隊を保持していないのは、日本だけであり、独立国家が、その独立と平和を保ち、国民の安全を確保するため軍隊を保有することは、現代の世界では常識です。」――と。

 だが、「軍隊は軍隊という組織と国家を守り、決して国民を守るものではない」というのも世界の常識である。日本は、形式的には独立国家だが実質的にはアメリカの従属国家だというのも世界の常識だ。68年前の悲惨な沖縄戦では、軍民混在の戦場で、旧日本軍は住民に集団自決(強制集団死)を強い、住民をスパイ視して虐殺し(沖縄の「しまくとぅば」を使用したとの理由で)、壕やガマから住民を追い出し、軍人のみが延命したのも歴史の真実であり、世界の常識だ。

 安倍総理は、「ハドソン研究所」の講演で「もし皆さまが私を右翼の軍国主義者とお呼びになりたいのであれば、どうぞお呼びいただきたい」と語ったようだ。私は、以前から安倍総理は「右翼、軍国主義者」と呼んでいるが、これからはご本人の希望どおり、大声で「右翼、軍国主義者」と呼ぶことにする。

(2013年10月1日 社民党衆議院議員 照屋寛徳)


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