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第113回(9月25日):照屋寛徳 議員

「地球の裏側」までの自衛隊活動と集団的自衛権

「地球の裏側」までの自衛隊活動と集団的自衛権

 最近、安倍政権が進めている憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認との関係で、そのようになった場合に、自衛隊を「地球の裏側」にまで派遣して活動させるのか、という問題が様々に議論沸騰している。そこで、集団的自衛権と「地球の裏側」問題を考える前に、「自衛権」について考えてみた。自衛権には、「個別的自衛権」と「集団的自衛権」がある。

 「個別的自衛権」とは、自国に対する他国からの急迫不正な武力攻撃に対して、自国を防衛するために必要最小限な武力を行使する国際法上の権利である。

 対する「集団的自衛権」とは、自国が直接攻撃されていなくとも、密接な関係にある国(例えば軍事同盟関係にあるアメリカ)への武力攻撃に対して、関係国とともに戦う権利である。従って、集団的自衛権行使における「関係国とともに戦う」とは、一緒になって戦争をすることを意味する。

 国連憲章第51条は、「この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的自衛権又は集団的自衛権の固有の権利を害するものではない。(以下、省略)」と定めている。

 集団的自衛権の概念は、国連憲章第51条が、個別的自衛権と並んで国家の「固有の権利」として規定したのが最初である。だが、集団的自衛権が国家の「固有の権利」というのには無理がある、と指摘する憲法学者は多い。

 わが国の歴代内閣は、集団的自衛権を国際法上有していることは認めつつも、「憲法9条で許される自衛権行使は、わが国を防衛するための必要最小限度の範囲にとどめるべきだ、集団的自衛権の行使は、その範囲を超え、憲法上許されない」との見解を示してきた。いわゆる、「保有すれども行使せず」の論理だ。私など、「行使せず」ではなく、憲法上「行使できない」との立場だ。

 この、集団的自衛権に関する歴代内閣の見解は、今や多くの国民の理解を得て、憲法9条の解釈として根強く定着しているものと考える。

 さて、憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認へと安倍内閣が舵を切った場合、自衛隊は、「地球の裏側」にまで行くのか。結論を先に言うと、私は「行く」と思う。

 安部政権で安全保障政策を担当する高見沢将林(のぶしげ)・官房副長官補が去る9月19日の自民党安全保障関係合同部会で、集団的自衛権の行使が認められた場合の自衛隊の活動範囲について「日本の防衛を考えていくときに、地球の裏側であれば全く関係ない、ということは一概に言えない。『絶対、地球の裏側に行きません』という性格のものではない」と正直に述べている。

 この高見沢発言を受けて、小野寺五典防衛大臣や自民党安保族の幹部らは、世論や諸外国の反発を気にして、火消しに躍起になっている。一方で、高見沢発言の翌20日の記者会見で小野寺防衛大臣は、高見沢発言を否定せず、集団的自衛権行使が容認された場合、自衛隊が「地球の裏側」に行く可能性について記者から執拗に追及され、「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)の議論を待ちたい」と曖昧模糊な返事を鸚鵡返しする始末だ。

 小野寺防衛大臣が、その議論を待ちたいとする安保法制懇座長の柳井俊二氏(元駐米大使)は、「国際法に従った(憲法)解釈変更をして日米の同盟関係をしっかり運用できるようにすることが絶対必要だ」と述べ、国連憲章に沿った集団的自衛権の行使を幅広く議論し、年内に報告書をまとめる、と明言している。

 第1次安倍内閣で設置された安保法制懇は、2008年6月の報告書で集団的自衛権行使容認の事例として次の4つのケースを提言した。

@ 公海上での自衛隊による米軍艦船の防護
A 米国を狙った弾道ミサイルの迎撃
B 国連平和維持活動(PKO)などでの武器使用
C 多国籍軍などへの後方支援

 前記柳井俊二座長発言のように、今回安保法制懇は、前掲4つのケースにとらわれず、包括的な拡大提言を考えているようだ。

 集団的自衛権の行使容認は、元々アメリカが日本に強く求めていたものだ。イラクやアフガニスタンでアメリカが攻撃されたら、日本が攻撃されていなくともイラクやアフガニスタンを攻撃することができる、これが集団的自衛権だ。従って、「地球の裏側」どころか、世界中でアメリカと一緒に戦争をすることになるのだ。

 自民党「日本国憲法改正草案」では、現行憲法前文の平和的生存権を全面削除した。そのうえ、9条の2で「国防軍」という軍隊を創り、現行憲法9条の「戦力の不保持」、「交戦権の否認」を削除して、「自衛権」の発動を無制限に認めている。

 要するに、憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認は、実質的な憲法9条改憲であり、「国防軍」の創設は、戦争で殺人行為をする事を合法化することだ。「自衛隊」は軍隊ではないが、「国防軍」は正規の軍隊である。単なる名称変更ではない。

 従って、「地球の裏側」までの自衛隊活動は、「国防軍」の「地球の裏側」までの出兵に等しい。

 

(2013年9月25日 社民党衆議院議員 照屋寛徳)


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