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憲法コラム

第104回(8月29日):照屋寛徳 議員

漫画「はだしのゲン」と「知る権利」

8月21日の各紙朝刊

 漫画「はだしのゲン」は、作者の故中沢啓治氏が、6歳の時に広島で被爆し、父や姉、弟、妹を亡くした実体験を基に描かれた自伝的作品である。英語、ロシア語、クロアチア語、最近ではペルシャ語など世界約20ヵ国語に翻訳・出版されている。日本国内でも、単行本は600万部を超すベストセラー漫画である。

 お隣り韓国では全10巻セット3万部を売り上げるベストセラーであり、原爆を投下した米国でも、全米約3千の図書館に所蔵されているらしい。

 漫画「はだしのゲン」は、実写映画、アニメ映画、テレビドラマも制作されており、作者故中沢啓治氏の代表作品である、と言えるだろう。

 その、「はだしのゲン」の学校図書館における閲覧制限問題がマスコミで大きく報道されたのは、2013年8月中旬である。マスコミ報道によると、昨年12月ごろから松江市の市立小中学校の図書館で「はだしのゲン」が、子どもたちが自由に読むことができない閉架の状態に置かれたという。学校図書館における「閉架」措置とは、本棚に置かず倉庫に収めることを指す。

 一体、どうして「はだしのゲン」が閉架措置されたのか。発端は、一市民が昨年8月市議会宛に「子どもたちに間違った歴史認識を植え付ける」と主張し、学校図書館からの撤去を求める陳情を提出したことに始まる。

 陳情を受けた市議会は、昨年12月、全会一致で不採択を決めた。ところが、市教委は事務局判断のみで、公開の教育委員会の会議にもかけないで、校長会を通じ、閉架措置を求め、閲覧制限に至ったのである。市教委は、閉架措置・閲覧制限の理由を「中国大陸での旧日本軍を描いたシーンでは、中国人女性の首を切ったり、性的暴行を加えたりする場面があり」「描写が過激」で「小中学生が自由に持ち出して見るのは不適切」と判断した、とのことである。

 松江市教委の「はだしのゲン」閉架措置・閲覧制限に、様々な議論が沸騰している。松江市教委の対応について、作者の中沢啓治氏の妻ミサヨさんは「信じられないし、悲しい。戦争や原爆の悲惨さや痛みがわかっていないのではないでしょうか」と話し、中沢氏が生前、「戦争や原爆を食い止めるためには、子どもにも残酷でもその悲惨さを伝えるしかない。ゲンは子ども向けに描写をやわらげたが、実際の残酷さはあんなもんじゃない」と語っていた事を明かしている(2013年8月17日付朝日新聞)。

 高作正博教授(関西大・憲法学)は、「何の議論や基準もなく閲覧できなくなることは、著作者の表現の自由や子どもたちの知る権利を侵害している」と喝破する。

 一方、下村博文文部科学大臣は、8月21日の閣議後記者会見で「はだしのゲン」の閲覧制限について言及し、「学校図書館は子どもの発達段階に応じた教育的配慮の必要性がある」と述べ、校長会への閲覧制限要請は、市教委の権限に基づく行為で問題はないとする認識を示したようだ。そのうえで、下村文科大臣は、「漫画の描写について確認したが、教育上好ましくないのではと考える人が出てくるのもありうる話だ」などと語っている(嘘だろう!全10巻でどこの描写が教育上好ましくないのか。具体的に言ってみろ!)。

 私も過去に「はだしのゲン」を読んだ。この夏、松江市教委の閉架措置・閲覧制限問題が起こったので、今、愛蔵版全巻を読み直している途中だ。たしかに、「はだしのゲン」には、残酷で過激な描写もある。だが、戦争の悲惨さと原爆被害の酷(むご)さの実相は、描きつくされないと思う。現に、作者の中沢氏も「子ども向けに描写をやわらげた」と語っていたと言うではないか。

 そもそも、日本国憲法第21条は「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」と定めており、同条項を根拠とする「知る権利」は、近代憲法の基本的人権の一つであり、個人が自由に情報を受け取る権利である。大人の勝手な判断で子どもたちが「はだしのゲン」から戦争と原爆の悲惨さと残酷さを「知る権利」を奪ってはならない。

 松江市教委は、8月26日の臨時会議で「手続きに不備があった」との理由で「はだしのゲン」閉架措置・閲覧制限要請を撤回した。「手続不備論」での一件落着は、本質的解決ではない。

 

(2013年8月29日 社民党衆議院議員 照屋寛徳)


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