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憲法コラム

第100回(8月20日):照屋寛徳 議員

「敗戦記念日」と安倍総理の改憲の決意

【写真】「8・15平和のための市民の集い」で講演=8月15日、神戸市内

照屋寛徳「8・15平和のための市民の集い」で講演=8月15日、神戸市内

 2013年8月15日、68回目の敗戦記念日を迎えた。

 8月15日の敗戦記念日当日に、私は神戸市の市民団体に呼ばれて、「8・15平和のための市民の集い」で講演した。

 私は、講演の冒頭で、「脳梗塞の後遺症で重たい足を引き摺りながら『基地の島』沖縄からやってきた。今日は、ご参会の皆さんと一緒に非戦の思い、不戦の誓いを共有したい」と述べた。

 私は、去る7月24日に68歳の誕生日を迎えた。サイパン島の米軍捕虜収容所で生まれ、個人史とこの国の戦後史を重ねながら、「基地の島」沖縄、「日本の安全保障の縮図」とも言うべきOKINAWAで生きてきた者として、本気で「不戦の誓い」の共有を呼びかけた。

 その日は、政府主催の全国戦没者追悼式も挙行され、式典における安倍総理の式辞が国内外で物議を醸している。私も、翌16日の新聞で安倍総理の式辞全文を読んだ。報道されているように、安倍総理は式辞で、歴代総理が明言してきたアジア諸国への加害責任と反省には触れず、不戦の誓いを明言しなかった。恐らく、安倍総理は、歴代総理のアジア諸国への加害責任と不戦の誓いを意図的に避け、自らの政治哲学である「戦後レジームからの脱却」と村山談話の否定を目論んだに違いない。

 同時に、式辞から読み取れる安倍総理の考えは、中国をはじめとするアジア諸国に対して、日本の敗戦の事実を絶対に認めまいとする思想だと思う。「敗戦の否認」「敗北の否認」である。もちろん、「侵略戦争の否認」でもある。

 8月15日の安倍総理の式辞に関連し、共同通信編集委員の石山永一郎氏は、「核心評論」で次のように書き記している。

 「『全国戦没者追悼式』の安倍晋三首相の式辞から、アジア諸国の犠牲者に心を向け、反省と哀悼を伝える言葉が消えた。

 その持つ意味は痛切なほどに重い。過去20年、日本政府が引き継いできた良識、良心に背を向け、歴史を後戻りさせる愚かな行為だからだ」――と。

 さてと、憲法の本題に移ろう。8月15日の敗戦記念日に先立つ8月12日、山口県長門市の地元後援会の集まりで、安倍総理は次のように語り、憲法改正に取り組む決意を表明した。

 「日本に生まれた子どもたちが、この日本に誇りを持てる国をつくっていくのが、私の大きな目標だ。さらには将来の憲法改正に向けて頑張っていくのが私の歴史的使命だと思っている。」

 安倍総理が総裁をつとめる自民党は、そもそも現行憲法を改正し、自主憲法制定を党是に掲げて立党した政党である。

 しかも、自主憲法制定論者の中心的イデオローグが岸信介元首相で、その孫が安倍晋三総理である。従って、安倍総理は憲法改正(悪)を自分の歴史的使命だと思い込んでいるのだろう。よって、安倍総理が改憲を主張するのは当然のこととして、予測可能だ。

 ところで、日本の政界には世襲議員が多い。特に、自民党には2世、3世の世襲議員が多くおり、そのほとんどは強い改憲、いやいや「壊憲」派議員である。彼等は、政治家を家業としてきた自分たちこそが、政治エリートとして、主権者である国民を自分たちが考えるような国を作り、従わせたいと考えているのだ。

 敗戦記念日の全国戦没者追悼式の式辞から意図的に不戦の誓いを削除した安倍総理は、日本国憲法の平和主義の思想を否定し、「戦争で得たものは憲法だけだ」と言い切った作家・城山三郎の「遺言」を否定する、歴史認識に無自覚・無責任な政治家だ、と批判せざるを得ない。

 

(2013年8月20日 社民党衆議院議員 照屋寛徳)


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