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特集

雨宮処凛の“かりん”と直言

「怒らない」ことで怒られてしまう若者

 「最近の若者は社会に対して怒りがない」、そんなふうに若者たちは、時に「怒らないこと」そのもので怒られてしまう。例えば「こんな労働条件に対して怒れ」だとか、「こんな政治に対して怒れ」とか、そんなことを年長者が若者に言い、若者はしかし、怒らないし立ち上がらない、という感じだ。

 人に「怒れ」と言われても、なかなか怒ったりできない。それは、ずーっと「怒り」の感情を封印させられてきたからだ。教育課程の中で刷り込まれるのはそういうことで、自分の感情を殺すことばかり教えられてきたように思う。そんな訓練をずっとしていると、怒るべきときに怒れなくなってしまう。今じゃ小学生だって「自己責任論」を内面化している。そんな空気が日本中を包んでいるのだから、なかなか難しい。

 その「怒らない」という問題について、興味深い指摘を読んだ。季刊『SEXUALITY』34号「自分を大切にできない子どもたち」には以下のような文章がある。

 「この10年間で、いきいきとした感情を表す子どもが本当に減った気がする。何より怒る子どもが減ったように思う。怒りの原動力は『自分がされたことは不当だ!』という感覚。そして、その根っこにあるのは『自分は大切な存在のはずだ』という確信である。が、今の子どもたちは何をされても怒らない。『世の中、しょせんこんなもの』  そんな雰囲気が覆っている」

 これを読んで、「怒らない」という現象が非常に整理された。社会に対して、何かに対して「怒れた世代」というのは、自分が大切だと当たり前に確信できた世代なのかもしれない。自分はこんなことをされるような人間ではない、という自己肯定の意識。しかし、今の若者たちはどうだろう。みんながみんな、「自己否定」のスパイラルの中に取りこまれ、時には自分自身が生きていちゃいけないとさえ思い込まされている。常に競争させられ、値踏みされ、勝ち続けていないと生きる価値などないと刷り込まれているのだから、当然と言えば当然だ。結果、何をされても受け入れ、あきらめてしまう。どうせ自分などこの程度のもの、と。

 「怒らない若者」の背景にある自己否定の感情。「最近の若者は怒らない、だらしがない」と言う前に、彼らにまずは「あなたは大切な存在であり、生きていていいのだ」というメッセージを伝えることこそが優先されるべきではないかと思うのだ。

(2008年1月30日 社会新報 「文化人コラム」より)

プロフィール

雨宮処凛(あまみや・かりん)

雨宮処凛1975年、北海道生まれ。ゴスロリ作家。元パンク歌手&元政治活動家。アトピーが原因で受けたイジメを発端に、不登校、家出、リストカット、自殺未遂などを繰り返す。その壮絶な半生を描いた『生き地獄天国(太田出版)は大きな反響を呼ぶ。最近は、若者の雇用問題などにも積極的に取り組んでいる。
【雨宮処凛公式ホームページ】http://www3.tokai.or.jp/amamiya/


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