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特集

雨宮処凛の“かりん”と直言

逃げた首相

 安倍首相がいきなり辞任を発表した。

 辞任を言いながら連発された「テロとの戦い」という言葉が、何と空疎に響いたことか。この国で暮らす人々の生活実感と、生まれながらの特権階級の乖離(かいり)ぶり、断絶ぶりがここまであからさまになったことはないのではないか、と思うほどにシラけてしまった。

 「そんなにインド洋に給油に行きたいなら自分で行けば?」

 辞任の報道を見ていた知人がシラけ切った顔でつぶやいた。

 参院選惨敗の後、彼の人生に初めて訪れた「再チャレンジ」の機会を前にして、一国の首相はとっとと逃げたわけだ。やたらと若者には「再チャレンジ」を強要していたくせに。「再チャレンジしないやつはダメ人間だから放置」的なスタンスだったくせに。

 さて、そして総裁選。福田氏と麻生氏という、これまた安倍氏と同じく生まれながらの超特権階級が争ったところで、両者の「違い」など見いだせないのが悲しいところだ。マスコミなんかでどんなに盛り上がろうとも、一体何に期待すればいいのだろう。

 若者の労働/生存問題にしても、日雇い雇用保険が適用されるようになったりと小手先の改善はあっても、派遣法自体が問われることはない。北九州の餓死事件で、市が生活保護行政の誤りを認めても、死んだ人は戻らない。

 福田氏と麻生氏が渋谷で若者たちに演説したその日、東村山市で「仕事をしろ」と父親に言われた31歳の男性が、父親の顔に熱した天ぷら油をかけるという事件が起きた。その少し前には、職のある人間を狙い、西武新宿線で爆弾テロを起こそうとしていた38歳の男性が逮捕された。

 彼らを批判するのはあまりにもたやすいだろう。しかし、この2つの事件は、現在の20代、30代がマトモな職にありつけないことが、「自己責任」とされて果てに起きたもののように思えるのだ。

 経済のグローバル化や雇用政策の変化に翻弄(ほんろう)されてきた若者たちの状況が顧みられることはなく、そのすべてを個人が背負わされ、非難される。それは時に深刻な親子間の対立を生み、社会への憎しみを熟成させる。「痛みを伴う構造改革」の犠牲者たちは、そうして自爆していく。

 最近、斎藤貴男さんと対談して、ショックを受けた指摘がある。今の20代、30代の非正規雇用層は将来的に野垂れ死にすることが前提になっている、という指摘だ。現在のままの政治だと、そうならざるを得ないということだ。

 彼らの絶望が、怒りが、生まれながらの特権階級である安倍氏に、福田氏に、麻生氏に、ほんの1_でも分かるのだろうか。

(2007年9月26日 社会新報 「文化人コラム」より)

プロフィール

雨宮処凛(あまみや・かりん)

雨宮処凛1975年、北海道生まれ。ゴスロリ作家。元パンク歌手&元政治活動家。アトピーが原因で受けたイジメを発端に、不登校、家出、リストカット、自殺未遂などを繰り返す。その壮絶な半生を描いた『生き地獄天国(太田出版)は大きな反響を呼ぶ。最近は、若者の雇用問題などにも積極的に取り組んでいる。
【雨宮処凛公式ホームページ】http://www3.tokai.or.jp/amamiya/


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