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「3・1」100周年 植民地支配への抵抗こそが普遍的

 「3・1独立宣言」100周年の日本の光景は寒々としたものだった。外務省は韓国渡航者・滞在者にデモへの注意を促す「スポット情報」を出しただけで、「危険情報」の発出も一時検討したという。しかも、文大統領が3・1演説の中で日本の弾圧で「約7500人の朝鮮人が殺害された」と述べたことに対し、「見解が一致していないことを公の場で発言するのは不適切」と韓国に抗議したのだという。そもそも3・1運動が日本の植民地支配に抵抗したものであることには触れるべくもなかった。

 麻生財務相は12日の国会答弁で、「徴用工」など戦時強制動員被害者の訴訟判決を受け原告側が被告企業の資産差し押さえの動きに出た場合の対応について、送金停止やビザ発給停止に具体的に言及して報復措置を検討する考えを示した。日本政府は韓国政府の責任で事態を打開すべきだとして日韓請求権協定に基づく協議を要求、さらに仲裁委員会の設置や国際司法裁判所への提訴も視野に入れているという。この動向は、韓国大法院が11年、「慰安婦」問題の訴訟判決で、政府が同協定に基づく取り組みを行なわないのは不作為・違憲とし、これを受け当時の韓国保守政権も姿勢を変えたものの、日本政府は黙殺したときとは様変わりだ。また、韓国政府に対応を求めるというが、韓国では朴前政権の意向を受けて徴用工裁判の進行を遅らせたとされる事件で前大法院長が起訴されている。また三権分立を侵せというのか。

 文大統領はこの演説で、3・1運動は幾多の民主化の闘いの精神的支柱となり先のキャンドル革命に連なるものだとするとともに、3・1精神は「排他的感情ではなく全人類の共存共生のためのものであり、東洋平和と世界平和に向かう道」を示したものだとして、民族の抵抗の歴史を特定の民族的歴史的制約から解放し、人類史レベルで共有可能な普遍的な理念として捉え返すことを提唱している。

 これをほめ過ぎと思う人は安倍首相の言葉の貧しさを想起してほしい。そこには戦後の日本再出発の原点である平和憲法を否定したいという情念が漂っているだけで、何度でも立ち返り参照すべき、あるいは国境を越えて語るべき普遍的な内容は何一つ含まれていない。これは、「日本政府は未だに『植民地犯罪』を認めず…『65年体制』を抜け出せないまま」(3・1日韓/韓日市民共同宣言)ということと裏腹の現実だ。

(社会新報2019年3月20日号・主張より)


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