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オウム7人死刑 納得できない大量執行強行の理由

 オウム真理教元代表の松本智津夫代表ら7人の死刑囚の死刑が6日、執行された。オウムの数々の犯罪行為が処罰されるべきなのは当然としても、この大量執行は何を意味するのか。

 刑罰とは何か。固く言えば、犯罪という法益侵害を行なった者の法益をはく奪する行為となるが、注意すべきは、犯罪とはあくまで法益侵害(法の違反)なのであって、これに対して科せられる刑罰は、いわば「法的応報」であること。刑罰を単純に応報(報い)とする考え方は現代では主流ではないが、応報という言葉を用いるとしても、それは法の侵犯に対するものであって、被害者の処罰感情に基づくものではないと、一般的には説明される。

 では、死刑はなぜ正当化されるのか。日本の刑法体系において極刑は死刑と定められているからだというのが公式見解だろうし、この立場は、実は死刑廃止論とも両立し得る。だが、執行を命じた上川法相が会見で、執行対象と時期に関する答えを拒む一方、法務省幹部の言葉として「平成のうちに終わらせるべきだ」との発言が報じられたことは、見過ごすことのできない問題だ。あえて言えば、法相が処刑前夜に「赤坂自民亭」の酒席を囲んでいたという問題より重大だ。天皇代替わり祝賀ムードに水を差したくない、儀式警備の負担を軽減したいという事情を、考慮すべき他の全問題より優先させたと言っているに等しいからだ。

 処刑により国松警察庁長官銃撃事件や村井幹部刺殺事件の真相は国家意思として迷宮入りした。銃撃事件時効成立当日、警視庁が、オウムが「組織的、計画的に敢行したテロ」と発表した問題で、団体規制法の監視対象のオウム派生団体が損害賠償を求めた訴訟で、東京地裁は「無罪推定の原則に反する」として都に賠償金支払いを命じる判決を出しているというのに。

 それだけではない。死刑判決は回復不能な結果を招くので死刑求刑事件は複数の裁判所で審理されなければならないという「必要的上訴」の保証について、国連機関の勧告を受けても政府は後ろ向きであり、今回も裁判を受ける権利は保障されなかった。死刑確定囚の実に16%が上訴をしないか取り下げるかによって刑が確定しているとされ、死刑囚に対する法的援助の弱さは明らかなのであるが。

 戦争のできない憲法を持つ国家の権力として、権力たるゆえんを示したいのか、という想念が頭をよぎる。

(社会新報2018年7月18日号・主張より)


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