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高プロの破壊力 そもそもこれは「雇用関係」なのか

 「働き方改革」法案の目玉である「高プロ」は社会の基盤である労働社会の何を破壊するものなのか。参院委での社民党の福島みずほ議員と政府との論戦はこのことを浮き彫りにした。

 高プロ労働者について労基法上の労働時間把握義務はない。性格の似ている企画業務型裁量制の「みなし労働時間」において、この定めが法定労働時間を超えてはいけないのはいわば建前で、実労働時間とのかい離があることは公然の秘密としても、(法定)休日、深夜労働の割増賃金は発生する。高プロにはそれさえない。使用者は労働時間把握から完全に解放される。

 その代わりに「健康管理時間」(在社時間と社外で働いた時間の合計)を把握するというが、これはどだい無理な話。何せ社外時間は「自己申告」なのだ。このことの重大な帰結は、健康管理時間の把握が行なわれず高プロ適用が無効となったことで割増賃金が発生したとしても、法違反の、あるいは過労死など労災認定の根拠に、健康管理時間はならないということだ。

 他方で政府は、働く時間・時間帯について労働者の「裁量権を奪うような指示」は認められないとしつつ、加藤厚労相は「成果目標とか時期が出てくることは当然のことで設定は当然あり得る」と、労働者に対するノルマの指示を認めた(福島議員に対して6月7日)。これがどうして「自律的で創造的な働き方」なのか。しかも、裁量権を奪うような指示を行なっても「高プロの規定に違反する」とされるだけで、労基法違反の罰則は課せられない。

 「時間ではなく成果で評価される働き方」と言うが、その「成果」は誰が評価するのか。労働時間が尺度とされなくなることの問題点はここに端的に集約されよう。労働への本来の裁量権なき高プロ労働者は、経営者が認める「成果」が出るまで自己責任で働かなければならない。産業競争力会議議員の竹中平蔵氏があけすけに語った「時間内に仕事を終えられない、生産性の低い人に残業代という補助金を出すのも一般論としておかしい」との言葉は、ノー残業の掛け声の下で生産性向上という名の労働密度強化を自ら率先して進めるか、それとも「時間に縛られない」働き方を選ぶかの二つに一つしかないという経営側の本音を示している。その延長線上にあるのは、「雇用に縛られない」、すなわち経営側が雇用関係から生ずる責任を解除された働き方の推進だろう。

(社会新報2018年7月11日号・主張より)


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