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高江ヘリ炎上 事故時の「植民地状態」を再び露呈

 10月11日に沖縄県東村高江の民有地で炎上事故を起こした米軍普天間基地所属CH53Eヘリの同型機が同18日、飛行を再開した。事故原因が明らかにされないままの再開に、「原因と安全が確認されるまで飛行停止が必要」としていた小野寺防衛相は「遺憾」とするにとどまった。こういう光景を何度目にしたことか。

 今回はそれだけにとどまらない。米軍は20日までに事故現場の機体残がいの撤去を終え、民間牧草地なのに所有者に無断で土壌も搬出し、原状回復は不可能となった。同日に県と沖縄防衛局は現場の土壌採取にいったん着手したが、米軍が搬出作業を始めたため実際には採取できなかった。県警が米軍による規制なく現場検証できるようになったのは機体撤去後のことだ。

 これは何を意味するか。04年沖国大ヘリ墜落時に機体部品に使われていたこと(しかも一部未回収)が判明して問題となった、放射性物質ストロンチウム90の土壌からの測定が不可能となったのだ。県と防衛局はわずかな時間、内周規制線沿いなどの地表と空間の線量測定をしただけだった。

 なぜこんなことになるのかというと、日本政府当局者さえ現場立ち入りを拒否されたことが問題となった沖国大事故後の05年に合意された「米軍基地外での米軍機事故に関するガイドライン」があるためだ。これは、@内周規制線は日米共同で規制A外周規制線は日本側が規制B事故機の残がいと部品は米側が管理  を骨子とし、要は事故現場は米側が独占的に管理するというそれまでの米軍特権を明文化して認めるものだ。

 これには経過がある。日米地位協定の前身の行政協定には、日本側は基地の外であっても米軍財産の捜索や差し押さえを行なう権利は有しないとの規定があったが、53年の同協定改定時に削除され、現地位協定にもない。しかし、この内容は同年に日米合意事項として継承され、しかも同年には、事故時に米側は日本側の事前承認なしに日本の公有地・私有地に立ち入ることができるとの「密約」まで結ばれている(08年判明、現在は公開)。現行ガイドラインはこうした経過を踏まえた上で、具体的対応をまさに指針化しただけだ。

 「この国を守り抜く」だの「日本を取り戻す」だの叫んだ首相がいるが、一体何を守り取り戻すのか。翁長知事が言ったように「沖縄県こそがいま国難」なのであり、米軍特権問題から逃げることは許されない。

(社会新報2017年11月01日号・主張より)


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