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トランプ勝利 「強い国家」は何の答えにもならぬ

 「異例ずくめの嫌われ者対決」と言われた米大統領選は、トランプ候補の勝利という、まさに「異例」そのものの幕切れを迎えた。政界やメディア業界の「インナー」な立場の人で、この結末を確信的に予想した人はいなかっただろう。

 「政策論争抜きの醜いののしり合い」と言われた今回の大統領選において、トランプ氏の主張はポピュリズムそのものであった。しかし、ポピュリズムの概念は内容を語っているわけではない。さまざまな課題およびその担い手を結び付け、一つの方向性を持った表現と意思へとまとめ上げていく中で、その政治性が示されていくことになる。その好例が、社会民主主義的政策を掲げトランプ氏の対極に位置したサンダース氏が、学費ローンの重圧にあえぐ「ミレニアル世代」の強い支持を受けたことだ。同氏は、現状は格差と貧困という公正にもとる状態にあり、その原因は大企業と富裕層優先の諸システムにあるという認識と、その変革という課題を鮮明に提起した。

 ではトランプ氏はどうか。移民などによって「われわれは奪われている」という没落の不安と不満を覚えている人々に対し、「外部の敵」とそれからの守り手としての「強い国家」を示す。だが、外には国境を越え内には社会の各領域を侵食する「グローバル化」という経済活動の拡張に対して掲げる政策には、整合性も有効性も現実性も見られず、ただ心理的な代償、置き換えを提供するだけだ。抑圧感は「よき国民」の立場から安全に攻撃できる国家の周縁的存在に向けられる。これは日本でも実におなじみの光景となっている。

 今回の大きな特徴は、クリントン氏の場合はサンダース氏の支持層の要求を反映する必要性に迫られたからだろうが、あからさまな新自由主義の成功物語を、2大政党の候補者がもはや語れなくなったことではないか。しかし、ナショナリズム(自国中心主義)がその代案になることはあり得ないのだとしたら、内政だけでなく外交問題においても、幻想としての過去にさかのぼるのではない新たな発想が求められてくる。

 その点で、本音は米軍駐留経費の削減にあるとみられるにしても、「日米安保は米国に損」だとして米軍撤退を公言する大統領選候補者が当選したことは、安保体制「国体」論者に大きな教訓を与えたはずだ。「米国に追従してさえいれば安心」という思考停止の態度は、もう通用しないのだ。

(社会新報2016年11月16日号・主張より)


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