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首相演説拍手 戦死をたたえるのは国民の務めか

 9月26日の衆院本会議で起きた事態は、時代を画するものになるかもしれない。安倍首相が所信表明演説の中で「わが国の領土、領海、領空は断固として守り抜く」と述べた上で、任務に当たっている海上保安官、警察官、自衛官に対して「今ここから心からの敬意を表そうではありませんか」と呼びかけると、自民党議員が一斉に立ち上がって拍手を送ったのだ。官邸からの事実上の指示だったという。

 この何が問題なのかを、首相は全く理解していない。衆院予算委で「この国の国会ではないんじゃないか」と批判されると、「私が許せないのはどこかの国と同じだと。どの国なんですか?」と「反論」したのが、その証左だ。どの国と同じだったら、あるいは違ったらいいということなのではない。日本国憲法に基づく政治が行なわれているはずの日本の国会にふさわしいかどうかという問題なのだ。

 首相は、国を守る、国防という名において、すなわち戦争という政府の行為によって、自衛隊員らが任務に就き、犠牲的行為が行なわれることに対し、敬意が表されるのは疑問の余地のない当然のことだと言っているのだ。これは、戦死者を悼むのではなく、その死を国家が意味づけ、国家目的に殉じた「英霊」として顕彰するという「靖国」の思想そのものではないか。

 「自分の命は確かに大切である。しかし、時にはそれをなげうっても守らなければならない価値がある」「(命をなげうった)その人の歩みを顕彰することを国家が放棄したら、誰が国のために汗や血を流すか」というのが、首相の持論だ。そして、この思想を原理的に拒否し、戦争をしないことこそ政治の最高の務めだとしたのが、平和憲法だ。

 首相が海保、警察、自衛隊を並べてたたえたことには、戦争法施行後という状況認識が込められている。自衛隊と米軍の緊密な連携による「切れ目のない(シームレスな)対応」とは、戦争法の一大目的だ。「わが国の防衛に資する活動」に従事する米軍に対して「武力攻撃に至らない侵害が発生した場合」、つまり相手方と日米いずれの間にも武力紛争が発生していない段階から自衛隊が米軍の武器防護のための武器使用を行なう、あるいは、「他国が現に戦闘行為を行なっている現場ではない場所」で弾薬提供などの後方支援を行なうことにより、平時と有事はひと続きになる。これに備えよというのが、首相の本当に言いたいことだ。

(社会新報2016年10月12日号・主張より)


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