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安倍70年談話 責任を負うべきは誰なのかを隠す

 安倍首相戦後70年談話の最大の特徴は、「侵略」「植民地支配」「反省」「おわび」という村山首相談話のキーワードを散りばめつつ、その主体も客体もわざとぼかしている点だ。これと、侵略の起点を1931年の満州事変に置いていると思われる点を併せて考慮すると、歴史修正主義的な本音の表明は米国の許容限度内に収めておこうという意図がうかがわれる。

 より重要なのは、それ以前に開始されていた植民地支配は国際法上、正当合法だったとの強固な主張が込められていることだ。日本政府にとって、戦後処理とはせいぜいが国家間賠償の処理であり、日本による植民地化によって侵害された人権回復の責任の問題ではないことは一貫している。

 植民地支配と地続きの朝鮮半島南北分断と世界史的にも異例の60年以上続く法的な戦争状態の継続について、安倍談話が一顧だにしないのも、このことに関連した問題だ。それだけでなく、戦時性暴力、すなわち「慰安婦」問題に2度にわたって言及したことは、談話の欺まん性と問題の根深さをかえって露呈した。安倍首相は「そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありたい」と言うだけで、何をすべきか、全く具体的に語っていないからだ。この問題が最悪と言われる日韓関係の懸案となっているのは、被害者たちが納得する解決が得られていないからだという明々白々たる現状が無視されているのだ。

 「私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を負わせてはなりません」

 談話で最も印象的な一節だ。すぐ続けて首相は「しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の事実に真正面から向き合わなければなりません」と述べているが、「向き合う」とは具体的に何を意味するのか不明だ。つまり首相の本音は、「もうこの話は終わり」なのだから、真相究明も再発防止のための歴史教育も(それは「自虐史観」の産物なのだから!)不要ということだろう。

 憲法前文は、「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうに」、それを引き起こした内外の人々に対する人権抑圧体制を清算すべきことを明瞭に宣言している。この思想を徹頭徹尾否定する首相が言う「二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない」の言葉が、どうして信用できるというのか。安倍談話を目にした多くの人が、この思いを抱いたに違いない。

(社会新報8月26日号・主張より)


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