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テロとの闘い 真の意味で人々の命を守る支援を

 「テロと闘う国際社会において、日本としての責任を毅然として果たしていく」。1日、後藤健二さんを殺害したとする映像が出た直後、安倍首相はこう述べた。明けて2日、菅官房長官は、日本も「イスラム国」の壊滅を目指す「有志連合」の一員であることを認めた。

 蛮行の直接の責任を負うべきは「イスラム国」であることは言うまでもない。いかなる理由であれ、紛争下で民間人を法に基づく適正手続きなく拉致・拘束し、拷問し、さらに殺害することは戦争犯罪を構成する。

 目的が手段を正当化するものの代表例とみなされる戦争の下でさえ、守られるべきだとされるルール(戦時国際法・国際人道法)を踏みにじっているのが、「イスラム国」の行為だ。だが、これはもう一つの問いを引っ張り出す。国家権力の発動としての「対テロ戦争」も同じではないか、と。中央アジア、中東、北東アフリカで自由に無人攻撃機を飛ばし、地上の人々をミサイルで殺す米軍の行為は一体何だというのか。

 首相は事件が明るみに出た当初、「ISIL(イスラム国)と闘う周辺各国を支援する」ための2億j拠出について、非軍事の人道支援なのだから非難されるいわれはないとの趣旨の発言を繰り返した。では、軍事だったら狙われるいわれはあると言うのか。これは、揚げ足取りなどでは決してない。首相のこの間の発言は明らかに、国民を危険にさらす可能性の少ない非軍事の立場を捨て、対テロ戦争に参加する覚悟を国民に求めるものとなっている。

 直接の後方支援参加ではなくても、日本の支援は全体として、対テロ戦争を補完する役割を果たしているのではないか。「人道支援」と言われて安心するのではなく、日本の提供資金が、社会的分断と格差など「イスラム国」台頭を招いた土壌の改革と構造問題の解決につながっているのか、少なくとも、「イスラム国」の武装を支える政治的経済的基盤に打撃を与えるものになっているのか、検証されてしかるべきだ。かつて湾岸戦争時、日本が難民支援や湾岸復興の名目で拠出した資金が米軍の戦費に化けていたことが、後に問題となったではないか。

 知ってか知らずか、首相が慌てて認めてしまったように、平和的手段による、かつ真の意味で「他国の武力行使と一体化しない」支援こそが当該・周辺国の国民にも自国民にも有益なのだ。困難な道であってもこの原点に立ち返るべきだ。

(社会新報2014年2月11日号・主張より)


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