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安倍首相式辞 加害責任認めたくない情念の表出

 安倍首相は15日の全国戦没者追悼式の式辞で、2年連続でアジア諸国に対する加害責任に言及せず、「不戦の誓い」の言葉も使わなかった。ここに、広島・長崎の平和祈念式典の式辞は手抜きのコピペで済ました首相の、確固たる意志を感じ取ることができる。

 「戦没者の皆さまの、貴(とうと)い犠牲の上に、今、私たちが享受する平和と、繁栄があります」。靖国神社の聖戦史観に異を唱えようとしない首相がこう言うとき、戦死者の死は、国家の側が国策遂行への貢献という観点から一方的に意味づけるものとなる。そして、「世界の恒久平和に、能(あた)うる限り貢献」するとの誓いは、米国と共に世界で戦争する国をつくる「積極的平和主義」の宣言にほかならなくなる。

 首相の偏った歴史観は、物事の因果関係に対する理解を著しくゆがめているようだ。一部の記事取り消しを含む朝日新聞による「慰安婦」報道検証記事へのコメントに、それは如実に表れている。首相によれば、故吉田清治氏の虚偽証言の報道が「日韓の2国間関係に大きな影響を与えた」のだそうだ。首相の靖国参拝の影響はたいしたことないのだろうか。「報道によって多くの人たちが悲しみ苦しむことになった」とも述べている。自民・石破幹事長も同様の発言をしているが、そもそも多くの人たちを悲しめ苦しませたのは、日本軍「慰安婦」制度ではないのか。首相の理屈は「慰安婦はなかった」論に立たなければ十分成り立たないものであり、それは政府の公式見解とは異なる。

 もっと驚かされるのは、「同日(河野談話が発出された93年8月4日)の調査結果の発表までに政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当らなかった」とする07年に第1次安倍政権が閣議決定した答弁書に触れ、「この閣議決定は批判されたが、あらためて間違っていなかったことが証明された」と述べたことだ。

 「見当らなかった」という対象は、どう読んでも公式文書であり、吉田証言のようなものではないことは明らかだ。また、安倍政権による6月の河野談話作成過程検証結果も、元「慰安婦」からの聞き取り調査前に「談話の原案が作成されていた」とし、(その当否はさておき)文献調査に基づくものだと認めている。

 無理でも何でも加害責任を否定する。首相の頭の中にはこれしかないのだ。

(社会新報2014年8月27日号・主張)


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