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集団的自衛権 いま以上に米軍に奉仕する現実性

 参院選に勝利した安倍首相は早速、集団的自衛権の行使容認に向けた議論を加速させる意向を表明し、行使の手続きを定める国家安全保障基本法案を政府提出法案とする考えも示した。

 同じ日の夜、自民党の石破茂幹事長は首相発言に呼応して、テレビ討論で「(これまでの政府見解では)集団的自衛権は認められない。その代わり基地提供の義務を負っている。これをどう考えるか」と繰り返した。これはまさに「安保ムラ」の権化としての発言だ。しかし、「考え」た結果がどうして集団的自衛権の行使容認なのか、これだけでは何とも分かりにくい。

 「憲法9条があるので、日本は自力で国を守れない。しかし、世界で唯一米国だけが若者の血を流して日本を守ってくれる。だから日本は米軍基地を提供する」

 これが安保ムラの言う安保条約の双務性論であり、60年安保改定時にこれにこだわったのが岸首相だ。だが、血を流す代わりに基地と「思いやり予算」を出してもらうという軍事同盟関係は、相互防衛義務というその本質に照らしてあり得ず、「日本防衛」について米国は(尖閣問題に見られるように)自分の国益判断に基づくフリーハンドを有している。岸首相らが双務性を欲したのは、そういう体裁を取り繕って米国の日本防衛義務を押し出さなければ、占領の延長としての駐留という安保体制の真の姿があからさまになってしまうことを恐れたからだ。

 では石破幹事長の方はどうなのかと言えば、憲法の枠を取り払って、日本がもっと自分でできることをやれるようにすべきだ、すなわち、もっと自らを守るとともに米国を援助できるようにすべきであり、これこそが日米同盟本来の姿だと言いたいのだと思われる。

 しかし集団的自衛権行使を容認しても、実際問題として自衛隊が「地球の裏側まで」米軍を助けに行くということが想定しにくい以上(この言い方はなし崩し的行使容認論の類型の一つなので注意を要するが)、結局確実に実現するのは、米軍が日本の憲法秩序の制約を受けずに特権を謳歌(おうか)し続けるばかりか、日本国民の税金で望む所に新基地を造るという現行安保体制の強化である公算が強い。

 しかもいよいよとなれば、米軍の補完部隊として、従来のテロとの戦いや周辺事態での対米軍後方支援という枠組みを乗り越えた共同武力行使も可能になるのだ。このリアリティを明らかにできるかどうかが勝負だ。


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