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首相歴史認識 独善的な侵略否定変わっていない

 参院選たけなわだが、与野党の政策論争がかみ合ってるとは言えない。その主な原因は、都合の悪い発言については本音を隠す、あるいはなかったことにするという安倍首相の姿勢だ。

 1人当たりの国民総所得(GNI)を10年後に150万円増やすという目標は、聞かれなくなった。首相が範とする小泉改革時代、企業のもうけを含むGNIは確かに増えたが労働者の平均年収は減ったことなどを指摘されたため、結局は成長の実感を手に、という単純な期待感あおりで押し通すことを選択したようだ。

 公示前日の党首討論では、説明するのが面倒だからなのかあまり指摘されていないが、歴史問題でも気になる発言があった。村山談話に絡み「私は植民地支配あるいは侵略をしていなかったとは言っていない」(つまり「した」とも言っていない)と述べた上で、「しかしそれを定義する立場ではない」として「専門家に任せるべき」論を展開。これを「歴史に対する謙虚さ」だとする一方、「国際情勢だからそういう定義をした方がうまくいくという考え方は間違っている。そうした誘惑に耐える強靱(きょうじん)な精神を政治家、為政者は持たなければならない」と語ったのだ。

 この発言の流れを追うと、侵略や植民地支配を認めることは他国に対し政治的外交的な配慮を行なうという誘惑に負けることだと首相は考えていると、解するほかはない。ではこれに対置される立場とは、侵略や植民地支配を認めないという立場であり、これが首相の本音だということになる。

 すなわち首相は「侵略の定義は学界的にも国際的にも定まっていない。国と国の関係でどちらから見るかで違う」論を全く撤回していない。討論会で「私の都合で妥協していいものではない」と述べたのはそういう意味であり、首相の考える日本としてのあるべき定義は、ちゃんとあるのだ。

 しかし、日本も批准している国際刑事裁判所(ICC)規程は10年改正で「侵略犯罪」を盛り込み、「侵略行為」の具体的定義は74年12月14日採択の国連総会決議によるとしている。この内容を見れば、「日本から見た」安倍流定義で日本の過去の行為を侵略には当たらないとするのは、とても通用する議論ではない。

 ただの独善を強靱と自賛するなら、ヘイトスピーチも随分強靱だ。安倍政治の危険性はきちんと指摘されるべきであり、社民党がその役割を担う必要がある。


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