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社民党の政策

死を迫る「後期高齢者医療制度」廃止のために政治生命をかける。あべともこ

死を迫る「後期高齢者医療制度」

長年、小児科医として地域医療に携わってきた社民党の阿部知子政審会長。その阿部政審会長に、戦前・戦中を生き抜き、そして戦後の復興をささえてきた高齢者に対して死を宣告するような制度である「後期高齢者医療制度」について、まさに「人」扱いしないその内容を語ってもらった。保坂展人衆院議員が開く「世田谷社民党政治スクール」で講演したその内容を、語り口調のまま、ここに掲載する。(『月刊社会民主』2008.6月号より)

2006年春、小泉政権による強行採決。

後期高齢者医療制度は、2006年春の衆議院厚生労働委員会で強行採決されました。私は机にしがみつき、あるいはマイクを奪い、反対しましたが、その当時ほとんどのメディアはこれを報道しませんでした。

まさに2年前は、小泉さんの時代でした。私は「この制度を入れたら、保険料を払えなくて無保険になる高齢者が続出しますよ、どうするんですか」と審議の最後に訊きました。

年金記録問題で「人生いろいろ」ととぼけた小泉さんは、「保険証はあるじゃないですか、送られてくるんですよ」と寝とぼけたことを言っていました。本当にあの人は苦労がない、3世だからね。誰かが自分の代わりに保険料を払ってくれて、年金の未納問題もスルりとかわし、そして保険証が自然にやってくると思っている。そんなハッピーハッピーの人、小泉さんが決めた制度なんですね。そして今の福田さん。

私が福田さんに、この問題で「総理、どんな人が後期高齢者医療制度に入るとお思いですか?」と聞いたのは08年1月28日の予算委員会でした。そして、昨年10月10日の『社会保障制度審議会、後期高齢者医療のあり方に関する特別部会』というプリントを総理にも手元資料として渡した上で、伺いました。

正直なのかどうかわかりませんが、福田総理はほとんど知りませんでした。私はせめてこの医療制度がどんな人たちをそこに入れようとしているのかというくらいを知っておいてほしいし、知って当然であろうと思いました。でも、あのフフフの福田さんはほとんど答えられない状態でした。

福田さんに渡した資料にはこうあります。

「後期高齢者の心身の特性」(社会保障審議会後期高齢者医療に関する特別部会)

  1. 老化に伴う生理的機能の低下により、治療の長期化、複数疾患への罹患(特に慢性疾患)が見られる。
  2. 多くの高齢者に症状の軽重は別として認知症の問題が見られる。
  3. 後期高齢者はこの制度の中で、いずれ避けることのできない死を迎える。

最後の「いずれ避けることのできない死を迎える」って何とひどい言い方でしょう。死ぬための、死んでもらうための制度なんです。こういうことを、書ける、話せる、言える社会保障審議会ってなんでしょうか。

“75歳以上は認知症”という決めつけ

75歳以上は認知症というのもひどい。これは事実と違う。75歳以上で「認知症」、いわゆるボケといわれる症状をお持ちの方は7%弱です。7%なのに、「多くの」と言わなくてはならないところにフレームアップがあります。1番目と2番目を読むだけで、治らない病気をいくつも持っていて、ちょっと認知症で、もうネガティブ・キャンペーンですよね。そして最後のこんな文章は見たことがない。

私はこれを見たとき、卒倒しましたね。こんなことが話されていることを知って政治家はこの制度を作ったのかどうか、はっきりさせてもらわなくてはならないと思って福田さんに訊いたんです。

私の後ろには与党の議員がいっぱい。私の言うことに一つ一つに頷いていたのは与党の議員でした。「ひどい、こんな制度あっていいんですか? こんな制度をつくって、国民が知っていると思いますか?」これにも、与党の議員は、「そうだ、そうだ、知らないな」という顔をしました。だって、多くの議員だって知らなかったと思うんです。

死ぬための制度

私自身は、たまたま医療現場に長くいました。そして2年前、机にかじりついて反対しました。この制度は人間の生きることと尊厳を問います。人はこの制度の中で死ぬんじゃないんです。死は結果です。女性の平均寿命が86歳であれば、75歳から11年間生きるわけです。それをどうやって保証していくか。男性は残念ながら平均寿命が78才だから、3年しか生きないのかな、というとそうでもありません。

人の人生ですから分からないんです。自分がどれほどの命をながらえるか、本当に身体の病というのは予測ができないものです。でも生き通すために、人が生きるという課題を与えられて、その生を全うするために、国のいろいろな制度があると思います。

死ぬための制度は戦争だけで結構です。特に75歳以上の方は、今から62、3年前、当時12歳以上で戦争の時代を生きてきました。多くの方々は学童疎開の年齢です。そして今80代であれば、赤紙一つで死ぬ制度の中で戦場に連れていかれた人たちです。女性たちは銃後を守り、食べるものすら、お米はこれくらい、砂糖はこれくらい、と配給で生きていました。後期高齢者医療制度というのは、配給や学童疎開や赤紙の世代の人たちに「もう一度死んでくれよ」とお願いする制度でしょうか。

限定される「かかりつけ医」の治療

ちょうど「配給」と重ねてピッタリと思い起こさせるのが「かかりつけ医」です。「かかりつけ医」って何かというと、この間舛添大臣は「あなたの体のことを全部知っていて、夜でも往診にいって、なんでもかんでも見てくれるお医者さん」と言いました。

とんでもないんですよ。もし私が医師としてかかりつけ医になったら、月に6000円の診療報酬が私に入ってきます。一点十円ですから600点。みなさんはその一割をお払いになりますから、600円です。

600円で何から何まで面倒を見てくれて、夜は飛んできてくれて、いざとなったら救急車まで乗せてくれる、そんなことあり得ません。医師が600点、1回6000円でできることは、せいぜい1枚のレントゲン、これだけでも2000円近くです。そして1回の採血をしたら終わりです。医者だって、誰かを雇って給与を払わなければいけません。

600点という点数はそれ以外の治療をやったら赤がでます。身銭を切るわけです。医師がポケットマネーでガバガバ、ドンドン、ガンガン患者さんを治療し出したら、職員は干上がります。だって、医療機関の経営というのは診療報酬で成り立つんです。診療報酬でお金をいただいて、はじめて職員の給与を出し、自分自身も暮らしていくわけです。医師に無限のサービスを求めるなんて、いわばない物ねだりです。600点でやれること、6000円でやれることには限りがあります。

では、患者さんがそれ以上を望まれたらどうするでしょう。かかりつけ医が決まりました。でも、かかりつけ医以外で、同じ病名、同じ症状で治療に行ったら、別のお医者さまにも別のお支払いがありますか、と私は厚生労働省に何回も訊いています。彼らは明言しません。だって、それじゃかかりつけ医にならないから。

かかりつけ医というのは、「私がかかれるお医者さんはあなたですよ」という契約です。もし、あの医者も、この医者もかかりつけ医、お医者さんA,B,C,D,Eと居たらどうでしょう。だってお医者さんは今、それぞれの専門分野を持っています。「私は心臓の専門です」「私は消化器の専門です」「私はアレルギーの専門です」…などなど。

だいたい専門分野を持った医者ばかりです。身体のすべて全体を見られるなんていうことはないですよ。これは日本の医学教育が、長年そうやって医者を専門分化させてきたからなんです。ということになると、普通であれば、患者さんは賢いから、「高血圧についてはこのお医者さん」「糖尿についてはこっちのお医者さん」、そして「肝臓のことは肝臓の専門の先生」と選んでいく。心臓だってある程度重ければ、診療所じゃなくて病院の先生、みなさんうまく使い分けていますよ。

そうやって患者さんが、あっちこっちの病院にそうやってかかると、医療費が高くなるからやめてほしい、というのが根底に流れる発想です。だから、かかりつけ医というのは、それを引き受けた医師にとっても、非常に限定的な治療しかできなくなる。

医療行為への信頼を破壊

そこで今、面白いというか不思議な現象が起きてきている。従来は自民党べったりといっては失礼ですが、そのような方が多い医師会の中でも、この「後期高齢者医療制度のかかりつけ医」をボイコットするための運動を始めて、診療室に「ボイコット」という紙を貼っておられるお医者さんが増えました。山形県、秋田県、埼玉県、茨城県、これからどんどん増えるでしょう。青森市、宮崎市、神戸市、いろんな市の単位でも医師会が反対を起こしています。

やっぱり医師にとっては1人の患者さんをお預かりするというのは責任が重くて、本当にそれで成り立つのかどうか、きちんと患者さんが求める医療に応えられるのかどうか、それができなければ私たちは患者さんとの信頼を失います。医師に信頼がなくなるということは、医療行為に信頼がなくなるということです。

続々と集まる反対署名

今、全国各地の自治体で557、見直しの決議がされました。3月末段階で500万の反対署名が集まっています。私の事務所でも4月に入ってから6000人が署名を集めました。当初は、当事者であるご高齢者でした。今は、50代の女性たち、あるいは子連れのお母さんたちも署名してくれるようになりました。時々若い人たちも署名してくれます。別に大声を上げなくても、85歳の私の後援会長が机に座っているだけで、みんな吸い寄せられるようにして反対署名をしていきます。

政府与党の「改革」とは、高齢者に負担をおしつけること

医療法改正の強行採決が行なわれた06年の10月には、現役並み所得と呼ばれる、「70歳以上の世帯収入520万円以上の方」の窓口負担が3割になりました。それまでは、老人保健制度の中で70歳以上のみなさんの負担は1割でした。1割と3割では窓口負担が全然違いますから大きな変化でした。

そして、2006年の制度設計によれば、この08年4月から75歳からの後期高齢者医療制度では窓口負担は1割ですが、70歳から74歳の人は2割負担のはずでした。現役並み所得の人は3割となっていましたが、そうでない1割負担だった人も2割になる予定でした。でも、この後期高齢者医療制度の導入と同時に窓口負担をアップさせることへの反発を恐れた与党は、これを当面の間、1年間凍結する、としています。だから、来年2009年4月1日には、70歳から74歳までの人たちの窓口負担が2割となるのです。

2006年10月には、療養型病床に入院する70歳以上の方の食費や居住費をふんだくるようになりました。食費や居住費というのは大変な負担なものです。だいたい3万円近い負担増だったと思います。

救急車でたらい回し

みなさんは今、医療機関のたくさんある大都市でも「救急車でたらい回し」が起きていることを御存知だと思います。特に後期高齢者がたらい回しされているのです。救急車でピポピポと運ばれて行っても、治療をして本当に元気になってスタスタ帰れる高齢者もいるけれども、場合によっては、意識が回復しなかったり、食事が口から食べられなかったり、あるいは呼吸が不安定になったり、寝たきりになったりします。

そうなった時に、病院は何日も入院させておくと、医療費のいただける額が少なくなってくるので、「早く出て行ってくれ」となります。この出て行く先が、療養型病床群と言われるところです。

死ぬしかないのか。。。

救急患者で受けて、もし不首尾というか、完全に回復しなかった場合に、どこに送れるか、後ろがなければ受けられません。出口がないんです。この「療養型病床を減らす」という政策も、2006年の4月から6月の医療法改正で決められ、減らすだけじゃなくて、医療費以外に食費や光熱費を取り、どんどん居づらくして、今大変に重い状態の患者さんがむりやり在宅に帰されています。

遺漏というチューブを付けたまま、あるいはほとんど寝たきりの状態のまま。でも帰されたって誰が介護するでしょう。誰が看病するでしょう。日本でも58歳の男性がお母様を殺すという事件がありました。帰されたって、自分が仕事をやめて看病をするか、やめて介護するしかないのです。でもやめたら食べられないです。生きていけないです。2人で死ぬしかないです。そういう事例がものすごい数起きています。

高齢者の孤独死

私がこの間、調べたところでは、在宅で孤独死、変死体で発見される人の数が、約10年で倍増しています。1997年で9万人であったものが、2007年度で15万人以上になりました。もちろん変死ですから、パロマの事故とか、あるいは事件性のある殺人もあります。でもそんなの1万に満たないくらいです。残るほとんどは実は家で死んで発見されるけれど、内因死、ご病気です。その半数近く、40数パーセントは75歳以上の方です。すなわち、13万人なにがしの半分のご高齢者が、誰にも看取られず、死んで初めて発見されているのです。

そして国はそれでも在宅に、家に帰って人生過ごせ、という政策を推し進めています。今のデータは私がこの間、警察庁に求めて初めて明らかになったものです。亡くなっている人の年齢分布を調べてくれと、各県で全部やってもらいました。そうしましたら、65歳以上が55%、もちろん実は50代の男性もたくさん死んでいます。75歳以上が42・3%でした。

すなわち、日本の政策は介護も医療もないのに、家に帰れと迫り、死んでくれよと迫っている政策そのものなんです。それを制度化したのが、後期高齢者医療制度です。

規制緩和と市場原理が、医療をお金で「買う」時代をもたらした。

終末期医療については、患者と家族が医療従事者と、終末期における医療方針等について話し合った場合は、医師に200点、2000円くれるというんですね。患者さんの枕もとで、もうこれ以上延命はやめましょうね、往生してもらいましょうね、というお話をしたら2000円くれる。でもやりたくないよね。

後期高齢者の診療報酬について、またまた「在宅医療について」とありますが、在宅の患者さんの病状の急変や診療方針の大きな変更などの際に、お医者さんが来てくれたら、ここでカンファレンス(協議)を行なったら、900点、9000円くれる。あるいはカンファレンス料、200点、2000円くれる。1人じゃカンファレンスできないですけれど、と私が聞いたら、薬剤師さんが来たら700点、看護士さんが来たら300点。じゃあ患者さんは、1200点の一割、1200円を払わなくてはならないんですね。

すなわち、何でも金なんです。最後の、もう治療をやめるというその言葉も、それから看護士さんやお医者さんや薬剤師さんが来ても、金、金、金、すべて金に換算する在宅医療か、死んでくれよと迫る在宅医療。これでなぜ医療の中味が変わらないなどといけしゃあしゃあと言えるのか。

後期高齢者に「加入」するとは?

最後に、私が見たいろんな刷り物の中で、東京都の後期高齢者医療広域連合の出したものが一番細かく、ある意味できちんと書かれています。何が正直に書かれているかというと、一枚目の下に「加入するとき」というのがあります。後期高齢者に加入するとはなんなのか、というお話です。

多くの自治体では老人保健制度が後期高齢者医療制度に変わるだけ、という説明をしています。「負担も変わらなければ、受けられる医療も変わりません、何も変わりません。ご安心ください」と公明党の某政審会長もいいました。これはウソです。老人保健制度と後期高齢者医療制度の違いは、老人保険制度では、老人保健制度の保険証を持たれたお年を召された方は、もともと自分の所属する医療保険に在籍したままです。

国民健康保険や政府管掌保険や組合健康保険という、もともとの自分の所属があるんです。そこで、お支払いの点だけ、保険というのは保険料をかけることとお支払いと両方ありますから、お支払いのところだけなんとか一割に軽減して、窓口負担を軽くするために考えられたのが、老人保健制度です。

後期高齢者医療制度は、もとの所属から足を抜かなくてはいけません。まったく他の制度に入っていくことです。そこをちゃんと書いてあるのは東京都だけでした。

老人保健制度の場合は、加入している医療保険の資格はそのまま残りましたが、75歳以上のすべての方が今度の制度では後期高齢者医療制度に移行します。ポイントはここなんです。今までの保険制度にいてはいけません。あなたは、これからは新しい姥捨て山村にいらっしゃい。あなたの住むところはみんなの町ではありません。あなたは75歳以上なんだから、こっちの村人になり、ここの入り会い保険料をおさめて、医療もここの身の丈に応じてやってくださいよ、っていう制度が後期高齢者医療制度です。

日本の政策は介護も医療もないのに、家に帰れと迫り、死んでくれよと迫っている政策そのものなんです。それを制度化したのが、後期高齢者医療制度です。社民党政審会長・阿部知子

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