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裁判員制度の実施に対する社民党の見解

2008年8月7日
社会民主党内閣・法務部会
部会長 近藤正道

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保坂展人のどこどこ日記裁判員制度を問い直す議員連盟が発足した(09.04.01)

1、はじめに

 裁判員制度の実施予定(2009年5月21日)が迫り、大きな議論となっている。重大な刑事事件の裁判を、3人の裁判官と一般市民(厳密には衆院議員公職選挙人名簿登録者)から選ばれた6人の裁判員による9人の合議体(自白事件については裁判官1名・裁判員4名も可能)に委ねるという「裁判員制度」は、わが国の司法制度や市民生活に大きな影響を与える可能性があり、その実施に大きな期待と不安が生じている。

 社民党は、市民の司法参加を求める立場から一般の市民が裁判官から独立して事実認定を行なう陪審制がのぞましいと主張してきたが、裁判員制度も現状と比較すれば一歩前進ととらえ、裁判員法(「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」)の成立(04年5月)にも賛成してきたところである。

 しかし、その制度設計が具体化するにしたがって様々な問題点も浮上している。この際、具体化しつつある裁判員制度に対する問題点を整理し、今後の対応について社民党の考えを明らかにしておきたい。

2、裁判員制度に関する問題点

・市民の理解・支持について

 裁判員制度は、不特定多数の市民に裁判員となることを義務付け、刑事司法の在り方を大きく変えるものである。司法への市民参加という視点からは一定の負担はやむを得ない面があるが、実施するにあたっては国民的理解を得ながらすすめる必要があることは当然である。施行を目前に控えた現段階において、なお約8割の市民が参加に消極的(06年12月の内閣府調査では裁判員制度への参加に消極的な意見が78・1%、08年1〜2月の最高裁調査で82・4%)という現状は、民主主義の前提を欠き、理解・支持のレベルとして、あまりに不十分といわざるを得ない。市民の支持と十分な理解のないまま、制度施行を強行するべきではない。

・裁判員の負担について

 裁判員となる者は自らの意志に関わりなく裁判所に呼び出され、仕事や日常生活を犠牲にして裁判に参加しなくてはならない。拒めば過料(10万円以下)を課される場合があり、任務終了後も刑事罰のついた守秘義務を課される。裁判員裁判が行なわれる地方裁判所は一部を除き、当面本庁のみであり、離島や交通機関が限られた遠隔地の居住者にとっての負担は極めて大きい。しかも、3回程度の連日開廷が原則である。こうした負担に対する不満があるのはむしろ当然である。

 問題は、市民に裁判員となる義務や負担を課しながら、それを保障し支える態勢が十分に整備されていないことである。裁判員の職責を果たすための実効ある休暇制度の確立(とりわけ被用者)、相応の休業補償、託児施設や介護施設の準備など、様々な面で(仕事を休み裁判に参加する)態勢の整備が求められる。こうした態勢の整備なしに義務負担だけを押し付けることには問題がある。

・被告人の防御権について

 裁判員制度の導入によって被告人の防御権が大きく損なわれる可能性が指摘されている。3回からせいぜい5回程度の集中審理、「迅速、軽負担、平易化」の審理の下で、裁判が拙速となったり、裁判員の日程に配慮した超短期審理のため強引な訴訟指揮が行なわれるおそれが強い。すでに実施されている公判前整理手続(裁判員制度導入をにらみ05年の刑事訴訟法改正で導入)のなかでこうした危惧は現実のものとなっており、裁判員制度の実施にあたっては被告人の防御権をいかに保障するかという視点から注意深い検証が必要である。

 現実の裁判では公判の過程で新たな証拠と真実が浮かびあがり、事実の解明に至ることも少なくない。裁判員の日程を優先させれば、追加の主張や立証もほとんど受け付けない、異議も受け付けないという形式的な裁判となり、真実の解明が疎かにされる危険が高いと危惧される。

 裁判員制度の導入にあたっては、従来、誤判、冤罪の温床として批判されてきた代用監獄の廃止、取り調べの全過程の可視化、公正な証拠開示のルール化、保釈の原則化と連続開廷審理に臨むことのできる弁護士の体制の整備などが大前提である。然るに、そうした改革と整備は未だ整っていない。被告人の防御権、「公平な裁判」を受ける権利が大きく損なわれる恐れがある。

・守秘義務について

 社民党は当初から裁判員に対する罰則つき守秘義務には反対してきた。もちろんプライバシーを保護することは必要だが、裁判官は一般的倫理規定で足りるとされていることと比べても、裁判確定後も裁判員に懲役刑まで含む厳格な守秘義務を課することは行き過ぎといわざるを得ない。開かれた裁判の観点からも裁判が密室化することは好ましくないし、国民の裁判・法的参加を促すという司法制度改革の本来の目的を考えても、裁判の進め方をある程度まで伝えることはむしろ積極的に行なうべきである。プライバシー保護、守秘義務のあり方について十分な理解を求めると同時に、罰則の適用は時期も考慮し、悪質な場合に限定するなど、裁判員が過度に萎縮することが無いような運用を求めたい。

・死刑判決について

 裁判員制度の対象は重大な刑事事件(死刑・無期懲役にあたる事件、故意で人を死亡させた事件)とされている。最近の司法における死刑判決の増加に加え、新たに被害者参加制度が導入されることと相まって、裁判員が感情に支配され重罰化がすすむおそれが指摘されている。

 そもそも死刑制度はそれ自体が個人の思想信条にも絡む重大問題である。裁判員候補面接の過程で、死刑制度に反対する者を裁判員に選ばないことも、憲法が保障する思想信条の自由に触れるおそれが強いのである。また、市民が死刑判断をわずかな期日で迫られることは重い。

 そのようななかで裁判制度を導入するのであれば、「疑わしきは被告人の利益」という刑事司法の大前提を徹底し、とくに死刑の適用については慎重にあたることが求められる。評議で意見が分かれた場合の評決は、「少なくとも1人の裁判官を含む過半数」による多数決で決めることとなってるが、死刑判決に関しては全員一致を条件とするなど特に慎重な運用をはかるべきではないか。人の命を奪うという究極の刑罰を、わずかな票差の多数決で決することは適当とはいえない。

 導入当初から、死刑を含む重大な判断を裁判員に迫るという高いハードルを設けることは制度の円滑な定着をはかるうえからも疑問であり、死刑判決の評決について再検討すべきだ。

3、裁判員制度実施に対する考え方

 社民党は、裁判員制度の導入自体は、市民の司法参加をすすめるという面から、一定の前進と判断して賛成してきた。しかし、そのためには市民の支持と理解を得ると同時に、裁判員の負担をやわらげるための態勢の整備、被告人の防御権と公平な裁判を受ける権利が侵されないための体制の整備などが大前提であり、こうした条件の整わないままの拙速な制度実施には慎重にならざるを得ない。

 裁判員法成立から4年強、実施まで1年を切った現在、被害者参加制度や、事件をいくつかの裁判体で扱う区分審理などの制度変更も行なわれた。裁判員制度の実施が近づくにつれて「参加したくない」との市民の根強い意識を背景に、辞退理由の可否、思想信条を問う裁判員候補面接の内容、評議のあり方その他、様々な点についても多くの問題点が指摘されるようになっている。こうした中、本当に09年5月から裁判員制度を実施してよいのか、施行の条件は整っているのか、一度立ち止まり、裁判員制度をとりまく現状と問題点を直視し、実施の延期も含め、場合によっては裁判員法等の改正も視野にいれつつ、慎重に再検討すべきではないかと考える。

4、司法制度改革で「市民の司法」を実現

 1990年代末以降、司法制度改革をめぐる議論が本格化した背景には、経済のグローバル化、規制緩和の進展にともなうルール作りを求める経済界の要求があったとされている。社民党はこれとは同床異夢ながら、わが国の司法をこれまでの行政主導型の「小さな司法」から社会の隅々まで「法の支配」がゆきわたる「大きな司法」へと転換させ、最高裁を頂点とする「官僚司法」を打ち破り「市民の司法」に転換させるうえで好機ととらえ、司法制度改革を推進する立場をとってきた。

 1999年7月から2001年7月までの間、内閣府に設置された司法制度改革審議会の議論や、その後の立法化のプロセスに対しても概ね肯定的に対応してきた。裁判員制度についても市民の健全な常識を裁判に反映することが、冤罪を抑止し被告人の人権を守ることにつながると考え積極的に評価してきたところである。

 しかし、司法当局によって具体的な制度設計が進むにつれ、本来の目的が形骸化され弊害が目立ち、一部憲法上の疑念も指摘されている。社民党は、憲法を遵守し、法の精神・法の支配を貫徹し、「市民の司法」を実現するという司法制度改革の本来の立場に立ち、制度の具体化にあたっては問題点を直視し、拙速に陥ることのないよう万全を期す必要があると考える。今後も是々非々の立場から、国会における議論を幅広く緻密に行ないながら、院内外を通じて国民各層とともに司法制度をめぐる論議をすすめていきたい。

以上

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