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福島みずほと31人が命を語る,好評発売中

混迷の今の時代をどう生きるか、こだわりの人生を過ごされている31人と福島みずほが語り合った、珠玉の対談集から、その一部を紹介します。
(本のご注文は社民党全国連合機関紙宣伝局 電話03−3592−7515へ 定価630円,送料76円)

本当に大切なものは何だろう。

私は、最近、色紙に「愛と平和」と書いています。そして、その根っこに「命」があると思っています。生きものは、有限の命を生きるしかありません。でもだからこそ、一瞬、一瞬いろんな人と生きることが、かけがえのないものと思えてきます。96歳の日野原重明さんは、「命とは生きている時間のことである」とおっしゃっています。

沖縄には、「命どぅ宝」(命こそ宝)という大好きな言葉があります。命が大事と思うからこそ、雇用や社会保障、平和や共生が大事と考えています。「命」をキーワードにすれば、いろんな話が広がっていきます。

一年間、社民党の週刊新聞『社会新報』で、「命」をキーワードに対話をしてきました。いろんな人の珠玉の言葉があります。「父と暮らせば」などの素晴らしい映画を作った黒木和雄監督は、この対談の後、亡くなられたので、貴重な対談となりました。読者のみなさんもぜひ「命の豊かさ」を感じとって下さい。そして、「命を大事にする」社会を作っていきたいものです。 

福島みずほ

聖路加国際病院名誉院長 日野原重明さん

憲法9条を伝えるのは老人の役割
「新老人の会」は究極の平和運動

武装をしない裸の国へ

日野原 憲法9条を子どもに伝えるのは、戦争を知っている老人の役割なのです。僕が作った「新老人の会」は、究極的には平和運動なのです。今後、改憲を問う国民投票が行なわれたとしても、自衛隊を自衛軍にする案には絶対に反対しないといけない。やはり年を取った人が立ち上がりなさい、そういう運動なのです。

福島 そうですね。そして絶対に長生きしてもらわないと困りますね。万が一、国民投票になれば(反対を)投票してもらわないといけないし。

日野原 僕は、憲法9条でもまだ弱いくらいで、もっともっとはっきり「日本は武器を捨てる」と言うべきだと思います。現状はアメリカの核兵器に守られているのだから、日本が核を持っているのと同じですよ。とんでもない国です。

福島 国会では戦争を知らない2世、3世議員が勇ましいことを言うけれども。

日野原重明日野原 近年は、12月8日の東京の新聞(全国紙)は、太平洋戦争の開戦日について何も書いてない。(真珠湾攻撃を受けた)ハワイではちゃんと行事があるのに。

 今、日本人全体が満州事変も蘆溝橋事件も知らないし、旧日本軍が南京で何万という市民を殺したことも知らない。僕は京大医学部4年生の時に、先輩である(関東軍731部隊の)石井(四郎)中将から南京で妊婦を銃剣で突いているフィルムを見せられました。それから旧満州(現中国東北部)のハルピンで、10人ほどの捕虜を独房に入れて伝染病の菌を食べさせたり動物で媒介させて、菌が入って何日目に熱が出て、何日目に脳症を起こし、何日目に死んだという記録も見せられましたよ。

福島 実際に授業を受けられたというのも、すごい話ですね。

日野原 みんな自分が殺しているような感覚になって、気持ち悪くなって貧血を起こして倒れるのです。そうしたら彼は「誰だ貧血で倒れるのは。そんなことでは日本の軍医になれない」と言って脅すのです。でも彼は戦後、戦犯になっていません。

福島 そうですね。731部隊は罪を問われていません。

日野原 これは米軍が石井さんから、いろいろな細菌戦の情報を全部もらうために戦犯免責したのです。今の日本人は、そういう歴史を知らないのではないでしょうか。

 それを思ったら自衛軍をつくるなんてとんでもない。僕は今、10〜15年後にすべての在日米軍基地を撤去するための費用を、消費税を高くすることで日本人が10年計画で捻出したらいいのではないかと思っています。(米軍には)世話になったからおカネを返し、日本は武装しない裸の国になって、もういいことしかしないということを世界に宣言すれば意味がありますよ。そのことを僕が国会の公聴会で言ったら、土井さんが手をたたいてくれた。

 男性で元気な人は就職した後、1〜2年は難民キャンプや発展途上国に行って、井戸を掘ったり学校で教えたりして、そうして世界を知ってから判事や公務員や会社員になったらいい。以前、その話をソニーの会長にしたら「それでいい」という答えでしたよ。これを徴兵検査の代わりにする。(高校や大学を)卒業してすぐがいいね。

福島 日本がどうやって平和な国でい続けられるのか、もっと前進できるのか、政策として考えてみます。

映画監督 黒木和雄さん

生き残る“後ろつめたさ”みつめ
戦争の悲惨な真実を語り継ぐ

逃げた自分を責め

福島 まず映画『父と暮せば』を見て一番驚かされたのは、広島の原爆で生き残った人たちが自分を“後ろめたい”と感じてしまうことです。自分が助かったらホッとするのかと思ったら、現実の戦争では主演の美津江さんが『うちは幸せになってはいけんのじゃ』と言ったように、生き残った自分を責め続けてしまうんですね。

黒木和雄黒木 そうですね。私自身の戦争体験として言えば、著書『私の戦争』(岩波ジュニア新書)でも触れましたが、中学生の時に、米軍機の爆撃を受けて私のすぐそばで11人が亡くなった。友人たちは、死者を背負って病院に届けたりしていたが、私は、とにかく逃げまくった。気がつくと、防空壕の中でぶるぶる震えていました。その光景には友情も正義もヘチマもなかった。15歳のそんな自分を許せず、《ダメ人間》と烙印を押した。以来、学校も休学して…。そのトラウマが尾を引いていて、戦争レクイエム3部作をつくっても心の傷は癒やされません。

 広島や長崎の被爆者の方たちから話を聞くと、自分が生き残ってしまったことが“後ろめたい”んですね。アウシュビッツで取材した人もそうでした。

 作家の井上ひさしさんが被爆者1万人の体験手記を読み、2年間考えた上で生まれたのが原作の『父と暮せば』。井上さん自身のセリフは1行もなく、全部、手記から引用したという。井上さんは手記を手がかりに、死者が生き残った者たちへ「後ろめたいと思うな」「戦争の悲惨さを自分の口で語り継げ」と励ましているのではないかと、お書きになった。井上さんの言葉を借りれば、私たちは死者から「生かされている」のだとね。そのことに感動したのが『美しい夏キリシマ』を作ったモチベーション(動機)です。

(黒木さんは対談の翌年に逝去されました。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。)

(他のゲストの皆さんとの対談内容は近日公開いたします)

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