社民党 党首選挙 候補者の政見

社民党 党首選挙

社民党改革・刷新を断行します

吉田忠智

 この度、社会民主党党首選挙に立候補いたしました。

 まず、これまで10年間にわたって党首として尽力されました福島みずほ前党首に心から感謝申し上げます。

 まだ国会議員として経験の浅い私が果たして歴史と伝統のある社会民主党の党首が務まるのか随分悩みましたが、これまでの行政マンとして住民に向き合ってきた経験や自治体議員としての経験、地域での労働運動や党活動の経験、地べたを這うような数多くの選挙の経験等を生かして、社民党への国民の信頼と支持を取り戻すため、党改革・刷新の先頭に立ちたいとの考えに至りました。

 私は、これまでの大分県職員、労働組合役員、大分県議会議員、参議院議員を通して、「原点は対話」を行動指針として活動してまいりました。今後、党首として、国民や党員、自治体議員、市民運動団体、労働組合の皆さんと対話を重ねながら、現場で懸命に活動しておられる皆さんの思いを党の方針に反映させていく決意です。

 私は、党首として大きく3点の改革に取り組みます。まず、第一は、「全国対話キャラバン」です。今後党首として、市民政治スクールやシンポジウム、政治報告会など、直接国民に働きかけ、対話する取り組みを強化します。第一弾として、来年の定期大会までに、全国11ブロックで党員・支持者・国民との「対話集会」を開催し、今の政治の問題点を議論し、安倍政権が進めようとしている集団的自衛権行使のための憲法解釈変更、秘密保全法案、労働法制の改悪など「新しい国」づくりに対抗する運動を作り上げていきます。また、党に対する耳の痛い注文も含めた党内外の生の声を承っていきたいと思います。

 第二は、「外部の有識者会議の設置」です。党の運動や政策の強化について、党内外の学者・文化人、研究者、首長・元首長、専門家等の参加・協力を得られる場を構築してまいります。

 第三は、「政策・運動・組織のバージョンアップ」です。現在の経済と社会、その下での国民生活や意識の変化、そして私たちが置かれている位置から、もう一度政策や運動・組織を大胆に点検します。その際、生活や地域、労働現場の視点を重視します。あわせて、全国連合・国会議員団・政策審議会と自治体議員団との連携を強化し、生活に最も身近なところで国民の声を聞き活動する自治体議員団の力を、党全体にフィードバックしていきます。また、インターネットを活用して、政策コンテスト(国民からの政策提案)や政策パブコメを精力的に実施します。そのためにも、まず、旧来のやりかたにとらわれない大胆な人事の断行、具体的には若者など国会議員以外からの役員登用、党公認で選挙に出て下さった各地のみなさんとの連携の再強化、外部有識者会議の設置等について、早期に実現します。これらを通じて、党の運動・政策について、国民の声を受け、改めるべきはためらわず改める体制を構築してまいります。

 現在、ナショナリズムの台頭、右傾化が強まり、国会における護憲・リベラル勢力は少数派となっています。そうした中で、社民党が果たさなければならない役割と責任は極めて大きくなっています。もとより浅学非才の身でありますが、党を改革・刷新して国民の信頼を取り戻し、政治不信を払拭して社民党を真に国民の選択に値する政治集団に育て上げていく決意を申し上げ、私の抱負とさせていただきます。党員の皆様の圧倒的なご支持をお願い申し上げます。

諸先輩のみなさまへ

石川大我

拝啓

 夜風に秋を感じる季節になりました。皆様いかがお過ごしでしょうか。永年にわたり党を支えてこられた諸先輩の皆様に、心から敬意を表します。

 社会新報を通じてのお手紙、どうぞお許しください。

 少しだけ、お話を聞いて頂けたら幸いです。

 私と党との出会いは中学生の頃までさかのぼります。ある日、帰宅すると、テレビには、市民に向けて戦車が銃口を向け、警官隊が座り込む市民を排除する映像が繰り返し流れていました。1989年の「天安門事件」です。国民に銃口を向ける戦車を見て、「軍隊は国の体制を守っても、国民を守らない」と直感的に理解しました。私の思春期、新聞は「湾岸戦争」「自衛隊の海外派遣」を伝え、時代は右傾化していきました。

 そんなとき、頼もしい存在だったのが社会党でした。不正義に向かって“おかしい”と言える、そんな私にとっての「正義の味方」が社会党だったのです。

 そんな私でしたから、1992年12月12日、宮沢内閣総辞職の日、高沢寅男衆議院議員の事務所を訪れたことは自然なことでした。ニコニコ現れた“社会党の寅さん”は嫌な顔ひとつせず、初対面の私に傍聴券をあてがってくれました。宮沢内閣が議場で総辞職する瞬間、10代の私は“政治は変えられる”と確信したのです。

 それからいつも、党は私の側にありました。本能的に選んだ“自分が幸せに生きるために必要なもの”が社会党であり、今の社民党なのです。困っている人、弱い立場の人、しんどい思いをしている人の側に寄り添っている、それが社民党です。

 今、ずいぶん、この党は小さくなってしまいました。わずか、国会議員が5人です。しかし、私は知っています。社会党は、社民党は、ずっと信念を貫き、私たちの側についていてくれた、と。もう一度、あの頃の元気な党の姿を見てみたい。それが私の望みです。国会の中で、人々の人権が、平和が傷つけられようとしたとき、体をはって止めようとした、頼もしい党の姿を。

「変わらなくてはならない―??」誰もが考えている想いです。この想いをカタチに変え、日本のリベラルがもう一度復活し、「やさしい社会」を実現したいと思います。その起爆剤に社民党がなれると信じています。全国には700名を超える自治体議員がいます。諸先輩方の「歴史と叡智」、私たちの「感覚とアイディア」このふたつが融合するとき、社民党が復活するのだと思います。

「社会民主党宣言」の理念である「自由・平等・共生・平和」を根幹に置き、社民党を“リニューアルオープン”させてください。多様性が大切な時代だからこそ、多様な声をきちんと政治に届けます。

 私をはじめ、全国の仲間が全力で取り組む決意であることをお伝えし、ペンを置きたいと思います。

 寒さが増す今日この頃、くれぐれもご自愛ください。

敬具

石川大我と若者たちの政策<労働・環境・平和>(抜粋)

▼あらゆる人の「働く」が平等な社会へ
 働く現場では、女性や少数の人が平等に扱われていません。少数者の立場を活かし、雇用における包括的な差別禁止法の制定を政策の一丁目一番地に据えます。未批准のILO中核的条約111号(雇用及び職業についての差別的待遇に関する条約)の批准を掲げます。

▼今こそ「環境技術」外交の促進を
 諸先輩方が公害に対する広範な運動を組織した結果、日本の公害に対する科学技術は高いレベルにあります。日本の優れた環境技術の輸出促進を提唱します。環境外交には、安全保障の観点からも有効です。

▼日本ブランド」憲法9条を活かすためのあらゆる努力を
 憲法9条は今や「日本ブランド」です。国の“信頼の源”である憲法9条を護り、次世代に伝えます。党首直轄で「『日本ブランド』憲法9条を活かす外交・安全保障研究会」を立ち上ます。

吉田忠智プロフィール

1956年3月7日、大分県臼杵市生まれ、57歳

1974年 大分県立鶴崎工業高校卒業(オリンピック出場を目指し名門鶴崎工業高校陸上部に入部するも脚の故障で断念)

1979年 九州大学農学部卒業

1979年 大分県庁に入り、農業・農村整備事業や山村振興事業に携わる。

2000年 大分県議会議員初当選(以降、3期)

2010年 大分県議会議員辞職  参議院議員初当選

(所属委員会) 国土交通委員会、東日本大震災復興特別委員

(主な議員連盟) 子ども・被災者支援議員連盟、立憲フォーラム、全国温泉振興議連ほか

(尊敬する政治家) 村山富市さん、重野安正さん

(地域での活動) 大分県ウェイトリフティング協会会長、大分県バウンドテニス協会会長、ネットワーク地球村会員

(家族構成) 妻1人、息子2人、愛犬トッティ(自分の方が上位だと思っているミニチュアダックス)

(趣味) 旅行、トレッキング、ラグビー観戦、映画、読書

 

石川大我プロフィール

1974年7月3日生まれ。東京都豊島区生まれ。明治学院大学法学部法律学科卒。元福島みずほ秘書。2000年から同性愛者であることを公言し、権利獲得を目指して活動などに注力。2011年の統一地方選挙で日本で初めてゲイであることを公表した議員になる。米・ルース大使(当時)と会談するなど社民党の枠を越え活躍している。

著書:『ボクの彼氏はどこにいる?』(講談社)ほか多数。

メディア出演:NHK教育テレビ「ハートをつなごう」「ETVワイド」、朝日新聞「ひと」欄ほかTV・新聞・雑誌掲載多数。

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