声明・談話

2014年9月28日

土井たか子名誉党首の逝去を悼む(談話)

社会民主党
党首 吉田忠智

 土井たか子名誉党首の突然の訃報に接し、ご家族をはじめ多くの皆様に心から哀悼の意を捧げます。

 土井さんの逝去は本当に大きなショックです。これまでの土井さんの功績を思い返すと、土井さんを失ったことは、社民党にとってのみならず、日本の政治にとっても本当に大きな損失ではないでしょうか。

 1986年、土井さんは、女性として初めて日本社会党委員長に就任し、消費税が大きな争点となった89年の参議院選挙では、いわゆる 「マドンナ旋風」、「おたかさんブーム」を巻き起こし、「山が動いた」といわれた与野党逆転を実現しました。1993年に発足した細川内閣では、女性とし て憲政史上初の衆議院議長に就任しました。94年には、「国会改革への一つの提言」(土井・鯨岡提言)をまとめるなど、国会改革にも功績を残しました。

 1996年、社民党の灯を消してはならないという全国の同志の思いにこたえ、第二代党首を引き受け、「ゼロからの出発」と「市民との 絆」を掲げて、社民党の再生を目指し、「頑固に平和、元気に福祉」と、全国を駆け回ってこられました。また、土井さんは、社会主義インター副議長として、 国際的な社会民主主義運動の前進に尽力されました。2001年には、「北東アジア総合安全保障機構創設」と「北東アジア非核地帯設置」を柱とする、「21 世紀の平和構想」、いわゆる土井ドクトリンをまとめられ、中国、韓国、モンゴルなどの首脳にも提起するなどの平和外交を積極的に推進されました。「アジア 人権基金」の共同代表として、アジア地域の貧困や飢餓で苦しんでいる方々、強権政治などの犠牲者や「良心の囚人」を救済するための活動にも取り組んでこら れました。

 田畑忍先生の薫陶を受け、自らも憲法学者であった土井さんは、右傾化する政治に対峙し、衆議院憲法調査会において最後まで護憲の論陣を展開するとともに、「憲法行脚の会」の呼びかけ人として、全国各地で憲法問題の講演をされるなどの活動を主体的に担ってこられました。

 2005年、政界から引退された後も、名誉党首として最後まで社民党を見守ってくださいました。

 土井さんが大分に来県されたとき、あんなにも多くの聴衆が集まったことが今も忘れられません。もっともっと教えを請いたかった思いで 一杯です。安倍政権による特定秘密保護法の制定、集団的自衛権行使容認の閣議決定など、立憲主義を否定し戦争できる国づくりの動きが進む中、土井さんは、 最後まで、憲法と日本の政治の行く末を心配されていました。悲しみを乗り越え、土井さんの遺志を引き継ぎ、社民党の再建・再生を果たし、平和憲法を守り抜 いていくことを改めて誓いたいと存じます。

 土井さん、本当にありがとうございました。安らかにお眠りください。