(1) 差別を撤廃するとの視点を明確にすること
人権政策を推進するにあたっての基本視点としてまず据えられなければならないのは、差別を撤廃するという意思をあらゆる政策に貫通させるということです。なぜならば、人権問題という社会問題が存在するのは、特定の個人や社会集団が人権を侵害され、差別を受けている現実があるからです。
こうした、一見あたりまえのことを改めて明確にしなければならないのは、最近、「戦後日本はことあるごとに人権や民主主義を濫用し、日本人の精神を蝕んできた」という類の論調が、平気でまかりとおる状況がみられるからです。このような主張が一定の支持を得ているのは、人権ということば、イメージに対してある種のうとましさを感じる人たちが少なからずいることを示しています。現に人権擁護推進審議会のなかでも、人権について論じること自体への懐疑の念を示す委員がいたことも事実です。
どんな意見を持とうが自由ですが、それが事実に立脚したものではないとするならば、謬説といわざるを得ないでしょう。まして当事者のいない人権問題など存在しないわけですし、当事者は、現に差別を受け、人権を侵害されているのですから、その現実を見据え、具体的事例に即してその要因を除去すること、すなわち差別をあらゆる方策を駆使して撤廃することが、人権政策の基本とされなければならないのです。
国際的潮流を踏まえることも、人権政策推進の基本視点として重要です。なぜなら、日本における人権に関わる政策が、これまで締結された国際人権関係諸条約などを踏まえているとはいえないことや、今日人権問題が、一国にとどまらず、むしろ国境を越えるグローバルな課題となっているからです。いま、国際社会では、人権問題について、まさに国際社会全体で取り組む極めて重要な課題として認識されています。とくに東西対立の時代が終わった冷戦後の世界状況、すなわち地域・民族・宗教紛争の深刻化を受けて、平和や環境などと並んで、改めて人権の普遍性が認識されるようになりました。もちろん、人権の普遍性を強調する先進諸国と経済発展を優先する発展途上国との間に議論があることも事実ですし、それが深刻な問題をはらんでいることも受けとめなければなりません。しかし私たちがまず問題にすべきなのは、日本の人権状況が、国際的に合意されている水準すら十分満たしていないことではないでしょうか。例えば、国際人権規約はすでに一九七八年に批准しているものの、選択議定書は未批准であることや、「子どもの権利条約」「人種差別撤廃条約」なども批准はしたものの、それに伴う国内法整備について政府は一貫して避けてきたこと、条約に違反する疑いのある国内法が放置されていることなどをみても、そのことは明らかです。また、自由権規約委員会や子どもの権利条約委員会などから日本政府の報告書に対して出された勧告を見ても、明白です。
このような現状を踏まえるならば、日本における人権に関わる政策を国際水準に照らして検証しなおし、新たな人権政策の構築が求められます。また、その作業は、ボーダレスな人権問題の解決への貢献を通じて、国際的な信頼を日本が獲得する可能性を開くものでもあるのです。
人権確立に向けた政策は、これまで民間団体、特に差別や人権侵害を受けている当事者団体による粘り強い運動の結果、それを受けた政府が不十分ながらも法制定を含む措置を講じてきたのが実態でした。現在では全国的に展開されている運動だけでなく人権に関わるさまざまな課題へのNGO、NPOなど市民の取り組みも、行政が無視できないほどに着実に広がりつつあります。こうした市民運動が活動しやすい条件をつくっていくこと、すなわち市民参加を保障することも、人権政策の課題のひとつです。
ひとりひとりの人権がいかに保障されているか、例えば、「女性も、子どもも、高齢者も、障害者も、外国人も安心して暮らせるまちづくり」といった課題への取り組みなどは、地域の市民グループが担っているケースが多くみられます。特にNPO(民間非営利団体)については、既存の行政機能の硬直化によって対応できない諸課題に積極的に関与し、市民自治による新しい社会づくりに寄与していることが注目され、一九九八年には、NPO法(特定非営利活動促進法)が制定されました。税制優遇措置等については先送りにされるなどNPO法には課題も残されていますが、NPOとして該当する活動には「人権の擁護」が含まれており、さまざまな人権運動が法人格を得ることが期待されます。
これからの人権政策は、市民参加の現状を踏まえながら、差別を撤廃し人権確立を求める取り組みを通して、行政の政策決定への市民の直接参画や、市民の自主的な活動に対して行政が支援するなど、市民と行政が連携できる制度を確立していくことなども視野にすえた展開が必要です。
(1) 政策を推進するための機構、法制度の整備
現在法務省のもとで、いわゆる「人権擁護機関」が機能しています。私たちは、人権政策全般の中で法務省の持つこうした役割が極めて重要であることは否定しませんが、これからの人権政策は、施策・事業の推進・調整はもちろん、行政が人権に配慮して行われているかどうかをチェックする機能も果たすべきだと考えています。
そのため、省庁の枠組みを越えた課題に対処する機能として、内閣府に施策・事業の推進基本計画策定、総合調整、行政全般への人権の視点からのチェック機能を果たしうる機関(人権擁護推進会議(仮称))、施策・事業の推進、総合調整を行う部門(人権局(仮称))を設置し、人権政策を専任で担当する大臣を配置して対応すべきです。もちろん法務省もそのなかで、特に新たな人権侵害の被害救済とその体制において役割を果たさなければならないことはいうまでもありません。
私たちは、このように人権確立の視点から行政機構の改革を進め、将来的には、人権に関わる施策・事業を統合し、人権擁護に関する施策及び調整全般を所管する「人権省(仮称)」の創設をめざします。さらに立法府において人権に関する総括的論議の場を保障するために、国会の常任委員会として新たに「人権委員会(仮称)」の設置もめざします。
一九九四年一二月の国連総会に提出された「人権教育のための国連一〇年行動計画」によれば、人権教育について「教育、研修、宣伝、情報提供を通じて、知識や技能(スキル)を伝え、態度を育むことにより、人権文化(culture of human rights)を世界中に築くとりくみ」と定義しています。ここでは、人権教育における教育の意味について、「教え育てる」という意味にとどまらず、より広義に「人間に他から意図をもって働きかけ、望ましい姿に変化させ、価値を実現する活動」(広辞苑)としてとらえていることがうかがえます。
またわが国の「推進本部」が策定した「国内行動計画」に盛り込まれた内容は、ほぼ日本における人権に関わる施策を網羅していることからも明らかなように、人権教育・啓発とは、人権の確立に向けたあらゆる活動をさすといっても過言ではありません。このように、人権教育・啓発は人権政策推進の前提条件を形づくるものであると同時に人権政策そのものであるともいえるでしょう。
私たちは、こうした認識に基づき、「人権教育・啓発推進法(仮称)」を制定するとともに、社会のあらゆる場での人権教育・啓発の施策の推進とその充実を図ります。
現在、法務省の人権擁護機関の一翼を担って、全国で一万四〇〇〇名近くの人権擁護委員が活動しています。しかし、人権擁護委員会が人権擁護に係る機能・権限を持っていないことをはじめ、人権擁護委員が一種の名誉職になっており、人権に関する専門的知識や活動歴を持った人々が必ずしも選任されていないことなどから、差別を解消し、人権侵害の被害救済のための十分な機能を果たしていない現状にあります。
また、一九九八年一一月に採択された、日本に対する「国連・規約人権委員会」の最終見解でも、日本の人権擁護委員会が、人権侵害を調査し、申立に対し救済を与えるためのシステムを欠いていることについて懸念が表明され、新たに独立した機関を設置するよう勧告しています。
こうした現状を踏まえ、私たちは、人権擁護委員制度を抜本的に見直し、労働三法に違反した行為に対して、その仲裁機関として労働委員会が設置されていることや公害等調整委員会なども参考にしながら、人権侵害を受けた場合の救済機関として市民参加による「中央人権委員会(仮称)」「地方人権委員会(仮称)」の設置をめざします。同時に、人権侵害を受けた際の提訴の手続を規定した国際人権規約B規約(自由権規約)の選択議定書の早期批准を図ります。
人権と差別に関わる問題は、すぐれて個別具体的な問題です。当事者の意思と関わりのない理由で、特定の個人、集団が著しい社会的不利益を受けるという点ではあらゆる問題が共通しますが、それぞれの問題が固有の起源を持っており、解決に向けた方策もまったく同様というわけにはいきません。ですから総合的な人権政策を確立するとともに、部落問題をはじめとするさまざまな人権と差別に関わる問題を、人権一般に解消したり個別の課題を埋没させることなく、その政策の充実を図らなければなりません。
この点で、政府の取り組みは不十分です。例えば、地域改善対策協議会意見具申(一九九六年五月)では、差別意識の解消のために「これまでの同和教育や啓発活動の中で積み上げられてきた成果とこれまでの手法への評価を踏まえ、すべての人の基本的人権を尊重していくための人権教育、人権啓発として発展的に再構築すべき」とされていますが、人権教育・啓発の構築がなんらなされていない現状にあります。これでは、「差別の現実に学ぶ」ことを中心に据えて実践されてきた同和教育の成果すら減殺されかねません。
そのため社民党は、「部落解放基本法」など具体的課題に対応した立法措置についても提案しています。