昨年、世界人権宣言の採択から五〇年を迎えました。そこで私たちは、この機会に、その五〇年の日本における歩みを振り返り、人権確立に向けて重ねられてきた努力の到達点と課題を検証し、二一世紀を展望した人権政策のあり方について明らかにしたいと考えました。
世界人権宣言が国連で採択されたのは、第二次世界大戦の余燼がさめやらぬ一九四八年のことでした。宣言では、第二次世界大戦を引き起こしたことを反省し、人権について「人類社会のすべての構成員の固有の尊厳と平等で譲ることのできない権利を承認することは、世界における自由、正義及び平和の基礎」ととらえ、「すべての人民とすべての国とが達成すべき基準」と述べられています。私たちは、戦後わずか数年を経て、国際社会が人権を普遍的権利であると確認し、その確立を誓ったことを、改めて重く受けとめるべきと考えています。なぜならば、戦後の日本が、世界人権宣言の精神をどう実践してきたかが、いま問われているからです。
日本は、戦後の民主的諸改革を経て人権を普遍的権利とする日本国憲法のもと歩んできましたが、高度成長期の生産至上主義ともいうべき思考は人間不在をもたらし、差別の解消や人権の確立は後景に追いやられたのが実情でした。人権に関わる施策を政府が行うようになるのも、戦後もずいぶん時代が下ってからのことです。例えば部落問題の解決に向けて「同和対策審議会答申」が出されたのは一九六五年のことでしたし、女性の人権確立に至っては、今年やっと「基本法」が制定されました。また、具体的な施策すら行われていない問題も数多くあります。沖縄をはじめとする基地周辺地域の問題もそのひとつとして挙げることができます。このように「人権」「民主主義」が口では語られながら内実が深められてこなかったことを戦後日本史のひとつの特徴としてあげることもできるでしょう。
一方、世界に目を向ければ、世界人権宣言の精神を具体化するため、国際人権規約、女性差別撤廃条約、人種差別撤廃条約、子どもの権利条約など人権関連のさまざまな条約が締結されてきました。一九九三年には世界人権会議で「ウィーン宣言及び行動計画」が採択され、それに基づいて国連人権高等弁務官が設置されるなど、世界の潮流はまちがいなく「人権」にあります。日本がその水準を満たすために具体的に国内施策をどう展開するか、さらに人権の視点から国際的にいかなる貢献をするかがいま問われているのです。